岡﨑乾二郎
而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here絵画、彫刻のみならず、建築や環境文化圏計画、絵本、ロボット開発などの幅広い表現領域でも革新的な仕事を手がけ、さらには文化全般にわたる批評家としても活躍してきた岡﨑乾二郎(1955-)。その活動の根底には私たちの「認識」と「世界」を結び直す力としての「造形」があります。
AIをはじめとする科学技術の革新、環境危機、政治状況の混沌…。私たちが捉えてきた世界、社会を制御してきた制度は急速に失効しつつあるように思えます。世界は崩壊しつつあるのでしょうか。
しかしその問いに対し、岡﨑は、「世界は崩壊しているのではない。動揺しているのは私たちの認識である。」と言います。岡﨑にとっての「造形」とは、私たちが世界を捉える、その認識の枠組み自体を作り変える力です。すなわち、認識を作りかえることで世界の可塑性を解放し、世界との具体的な関わりを通して認識の可塑性を取り戻すことです。造形とは、この二つの可塑性を実践的に繋ぎなおすことだと彼は言います。
近年国際的な評価も高まるこの作家が大きく転回した2021年以降の新作を中心として、過去の代表作を網羅しつつ、その仕事の全貌を展望します。
──なんどでも世界は再生しつづける。而今而後(これから先、ずっと先も)。
《Heads poking out, a shape with lion body and man's head. A gaze blank and pitiless as the sun. Embankment crowded, a vast image troubles my sight. Everyone shouting, voices affectionate, half-crying. We're all gonna die. Darkness drops again. I heard ducks floating. Black rocks absorbed light. Was I all along born on the far shore? Cave pitch dark. Colors fade. Stretch out a hand. World already ended.
Spread legs. Never to perish again. Only a presence – the subtle movement of air as someone searched. Solely ephemeral presence lingers. I remember who I am. Earthquake shook. Sun black as sackcloth. Moon like blood. Stars fell to earth, fig tree dropping unripe fruit. Sky split apart, mountains and islands moved. Kings, slaves shouted, "Hide us from the throne, from the Lamb's wrath." Their day has come. I'm gonna faint!》
2024|260.6×268.2 cm|アクリル、カンヴァス Photo: Shu Nakagawa《"What secrets lie within!" Moon pearls crowned garden walls. "Look how shadows dance!" Hark, Wind whispered phantom tales. "Stars sang memories deep. " "Time weaves silver dreams!" she shouted joyfully, "He lives!" And from the mountains the echo came back upon her, "he lives!"
"Is the spring coming?" Dawn mist cloaked emerald hills. "Do you have a garden?" Roses climbed ancient walls. "What makes the grass grow?" Rain whispered to the earth. "Where do old tales rest?" Time slept in shadows where moorland flowers bloom and fade.》
2024|208.0×117.0 cm|アクリル、カンヴァス Photo: Shu Nakagawa
みどころ
日本を代表する造形作家・岡﨑乾二郎の集大成
1980年代初頭、「あかさかみつけ」シリーズで注目を集めて以来、絵画、彫刻から建築まで複数のメディアで展開してきたその造形的な仕事を総覧します。教育、批評、ロボット開発、環境文化圏計画…。それぞれの分野での革新性ゆえに、その全貌の把握が困難であった岡﨑の仕事を、その根底に一貫する造形という主題から総覧します。
《あかさかみつけ》
1981|27.5×25.0×17.5cm|アクリル、ポリエチレン|高松市美術館蔵 Photo: Shu Nakagawa《まだ早いが遅くなる》
1986|224.0×176.0 cm|綿布、絹|大原美術館蔵

左《山の向こうの中腹のちっぽけな村はすでに見えなくなり、ふたたび春が巡ってきた。葡萄の木はあたかも塀の笠石の下を匍う病める大蛇のように見える。生あたたかい空気のなかを褐色の光が動きまわっていた。似たりよったりの毎日が作りだす空白は伐り残した若木まで切り倒すだろう。日々の暮らしのなかで樹木の茂みは岩のように突き出ている。》
右《自分の暮らした村がこんなに小さく思われたことはない。太陽が姿をみせた。背の高いポプラの林は風に吹き動かされる砂浜のような格好をしている。切れ目のないその連続を見ているだけで眼がくらんでくる。変り映えしない日々の連続に酔うことができたなら象や蛇をしとめた気にもなれる。蝶が舞うようにそんな風に彼はものを識ったのである。》
2002|各180.0×130.0 cm(2点1組)|アクリル、カンヴァス|東京都現代美術館蔵 Photo: Ichiro Otani
《なかつくに公園 タブサの田》(総領町) 2007(2021年撮影)
《T.T.T.Bot (Turning Table Tripod Robot)》2015
《若草/二八十一不在國・kusa》《若草/二八十一不在國・kawa》《巻きそめ/二八十一不在國・hama》《巻きそめ/二八十一不在國・kiji》《手枕/二八十一不在國・tama》《手枕/二八十一不在國・kura》 2019|各41.3×56.5cm(6枚組)|アクリル、紙|個人蔵 Photo: Shu Nakagawa
2021年以降に制作された新作群を一堂に発表
本展覧会のタイトルは、「而今而後(これから先、ずっと先も)」という『論語』の一節から取られました。2021年以降、岡﨑乾二郎は社会的な情勢と個人的経験の二つの変化のなかで、思考を位置づける時空の枠組みについて、大きな転回を迎えたと言います。本展では、それ以降、旺盛な活動期に入った作家の新作・近作約100点を発表します。

《But in truth, the first creatures were driven from the sea. They fled. That's why so many of us get seasick. A mudskipper crawled onto the beach, raising its head. "Look," he said, beholding the vast expanse. "Thousands of miles of flat nothing."
Fish swim through water endlessly; no end to the water they swim. Birds fly through sky ceaselessly; no end to the sky they fly.
There is no reason. We skipped the light fandango, though in truth we were at sea. She said, "I'm home" leaving for the coast.
Darkness covered the empty earth; The Spirit hovered over waters. Let there be waters teeming with life, birds multiplying on earth. All that moves in sea and sky, each according to its kind, merely drifted through the world. Evening fell, then dawn broke. 》
2024|182.0×260.7 cm|アクリル、カンヴァス Photo: Shu Nakagawa

《耳を押し当てその向こうの気配を探る。ベールは柔らかな襞を作って、顔に落ち、神秘的で触れられない何かを感じさせる。花嫁のベールほど美しいものはない、透明で儚く脆いのは純粋だから。次の日、彼女は花嫁のベールを買いに行った。
雨が降れば夏になる。丘の頂から湖が見えた。夏はどこにいるのだろう。見晴らしてもすべては春のまま。スミレの花びらは雨を欲して萎れ、身を窄めていた。
何週もの遅れを取り戻そうと冷たい春のあと、暑い夏が慌てて訪れる。リネンの清らかな香りは婚礼のための白い布の束、仕上げのアイロンがけを待っている。
石畳の街に、太陽が降り注いでも石は決して花に変わらず、白壁の家が緑に覆われるわけでもない。太陽は街のあちこちの小さな公園にただ夏の装いをさせる。夏は公園の芝生にも自由に伸びることを許さず、いつも短く刈り揃えられていた。》
2024|224.0×363.5 cm|アクリル、カンヴァス Photo: Shu Nakagawa
《Examine The Tone And Reasoning Too; Consider The face, How It Changes Hue/聆⾳察理,鑒貌辨⾊》
2024|59.0×47.0×38.0 cm|人工大理石|桶田コレクション蔵 Photo: Shu Nakagawa《The Salt Of The Sea, Rivers Fresh, Scales Lurking Below, Wings Soaring Above/ 海鹹河淡 鱗潛羽翔》
2024|89.7×118.9×108.4.cm|人工大理石
作家プロフィール
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Photo: Risaku Suzuki
岡﨑乾二郎(おかざき・けんじろう)
造形作家、批評家。
1955年東京生まれ。1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、数多くの国際展に出品。総合地域づくりプロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」の企画制作、「なかつくに公園」(広島県庄原市)等のランドスケープデザイン、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど、つねに先鋭的な芸術活動を展開してきた。東京都現代美術館(2009~2010年)における特集展示では、1980年代の立体作品から最新の絵画まで俯瞰。2014年のBankART1929「かたちの発語展」では、彫刻やタイルを中心に最新作を発表した。長年教育活動にも取り組んでおり、芸術の学校である四谷アート・ステュディウム(2002~2014年)を創設、ディレクターを務めた。2017年には豊田市美術館にて開催された『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』展の企画制作を行い、2019〜20年には同美術館で大規模な個展「視覚のカイソウ」が開催された。
主著に『而今而後 批評のあとさき(岡﨑乾二郎批評選集 vol.2)』(亜紀書房 2024年)、『頭のうえを何かが』(ナナロク社 2023年)、『絵画の素 TOPICA PICTUS』(岩波書店 2022年)、『感覚のエデン(岡﨑乾二郎批評選集 vol.1)』(亜紀書房 2021年)、『抽象の力 近代芸術の解析』(亜紀書房 2018年)、『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、文藝春秋 2014年)、『芸術の設計―見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社 2007年)。『ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ』(絵本、谷川俊太郎との共著、クレヨンハウス 2004年)。作品集に『TOPICA PICTUS』(urizen 2020年)、『視覚のカイソウ』(ナナロク社 2020年)。
『感覚のエデン(岡﨑乾二郎批評選集 vol.1)』にて2022年、第76回毎日出版文化賞(文化・芸術部門)受賞。『抽象の力 近代芸術の解析』にて、2018年、平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)受賞。
基本情報
- 会期
2025年4月29日(火・祝)~7月21日(月・祝)
- 開館時間
10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
- 休館日
月曜日(5月5日、7月21日は開館)、5月7日
- 会場
東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F
- 観覧料
一般2,000円(1,600円)/大学生・専門学校生・65 歳以上1,400円(1,120円)/中高生800円(640円)/小学生以下無料
※( ) 内は20名様以上の団体料金
※本展チケットで「MOTコレクション」もご覧いただけます。
※小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要です。
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料になります。
※ 毎月第3水曜(シルバーデー)は、65歳以上の方は無料です。(チケットカウンターで年齢を証明できるものを提示)
※家族ふれあいの日(毎月第3土曜と翌日曜)は、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住を証明できるものを提示/2名まで)の観覧料が半額になります。- 主催
東京都現代美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)