クリスチャン・マークレー
トランスレーティング[翻訳する]
矛盾してるようだけど、私は音について、それがどう聞こえるかということだけでなく、どう見えるかということにも興味があるんだ。
クリスチャン・マークレー インタビューより THE WIRE, Issue 195, May 2000
アートと音楽の交差点から作品を発表し、革新的な活動を続けてきたクリスチャン・マークレーの国内初の大規模な展覧会を開催します。
クリスチャン・マークレー(1955-)は、70年代末のニューヨークでターンテーブルを使ったパフォーマンスで音の実験を始めて以来、前衛的な音楽シーンの重要人物として活躍してきました。一方で、視覚的な情報としての音や、現代社会において音楽がどのように表象され、物質化され、商品化されているかといったテーマに焦点を当てた活動により、現代美術と音楽を繋ぐ、最も人気があり影響力を持った作家とみなされてきました。レコードやCD、コミック、映画、写真など、幅広いファウンドメディアを再利用しつつ、マークレーはこれまで、パフォーマンス、コラージュ、インスタレーション、ペインティング、写真、ビデオなど数多くの作品を生み出してきました。
日本の美術館で開催される初の大規模な個展である「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」では、そうした彼の多様で折衷的な実践をご紹介します。コンセプチュアル・アートやパンク・ミュージックに影響を受けた初期作品から、イメージと音の情報のサンプルを組み立てた大規模なインスタレーション、さらには現代社会に蔓延する不安を映し出した最新作まで、その多岐にわたる活動の全貌を紹介します。
作品解説
Marclay Translating…
本展では、視覚と聴覚の経験の等価性を追求し、ある感覚を別の感覚に置き換えることで世界を読み解こうとするマークレーのユニークなアプローチを「Translating [翻訳する/変換する]」という語で言い当てます。
カリフォルニアで生まれ、ジュネーブで育ったマークレーは、スイスとアメリカの異なる言語・文化圏を行き来しながら成長し、その経験から、アーティストになるという決断をすることになりました。彼は言います。「私は言語をあまり信用しておらず、視覚的言語や音楽など、異なる記号や認識に頼る他のタイプのコミュニケーションに興味がありました* 」。
* Jan Estep, “Words and Music: Interview with Christian Marclay,” New Art Examiner, Sept./Oct. 2001, pp. 78-83.
マークレーの作品の多くに見られるサンプリングという技法は、既存のイメージや音を抽出し再利用するもので、ある領域から別の領域への、言語に代わる「翻訳」行為であるといえます。例えば彼のよく知られたフォトグラムのシリーズのように、イメージを作り出すために、録音された音の物質性を用いること。あるいは、私たちの日々の身の回りにあるイメージを、音楽を生み出すための楽譜として演奏家にゆだねた「グラフィック・スコア(図案楽譜)」のように、イメージを音へと翻訳すること。マークレーの実践はどれも、イメージと音という二つの文化様式の交わる地点に存在しています。本展では、声のための「グラフィック・スコア」である《Manga Scroll》(2010年)をはじめ、英語に翻訳された日本のマンガから流用したオノマトペ(擬音)に着目する作品も多数紹介します。音と視覚、日常の事物と芸術、情報と物質、そして異文化の間を行き来しながら、マークレーは、翻訳という営みのなかにある創造的な可能性と矛盾について探求します。人間のコミュニケーションがいかに不確かなものであるかを明らかにしつつ、彼は、鋭い観察眼(耳)と控えめなユーモアをもって、私たちが日ごろ当たり前のものとしている感覚や認識へと光を当てていきます。
Translating Marclay…
一方で、マークレーの作品は、現在の時間のなかで変化し、鑑賞者によって、開かれた複数の体験へと「翻訳」されるものでもあります。例えば彼の初期の代表作である《レコード・ウィズアウト・ア・カバー》(1985年)は、保護パッケージのないLPレコードで、輸送、保管、再生の過程でつけられた傷が、録音と一体となっていくものです。
会期中には、日本在住の音楽家が彼の「グラフィック・スコア」を翻訳し演奏する関連イベントも開催します。
展覧会の見どころ
音楽とアートをつなぐ最重要作家の国内初の美術館での大規模展覧会
「すべての芸術は音楽にあこがれる」という19世紀の批評家の言葉を引くまでもなく、視覚と聴覚の交差というテーマは古今東西の多くの芸術家を惹きつけてきました。音楽シーンでまず注目されたクリスチャン・マークレーは、このふたつの解きほぐせない関係を数多くの注目すべき作品を通して探求し、現代美術の分野でも最も人気のある巨匠として活躍してきました。本展は、世界中の主要な美術館で発表を続けてきた彼が、日本の美術館で初めて開催する大規模な個展です。
音楽、アート、マンガ、映画…。サンプリングという表現手段
1970年代からサンプリングやコラージュという手法を発表してきたマークレー。音楽、アート、マンガ、映画、街のグラフィティまで、彼が既存の世界をどのように翻訳し、リミックスしてきたのか。初期から最新作まで、その全キャリアを振り返る作品をご覧ください。
大規模インスタレーションによって体感する、音とイメージの交差
「音を見る/イメージを聴く」という未知の体験へと鑑賞者を導くマークレーの大規模なインスタレーション。映画のシーンをサンプリングし四つの連続する画面に視聴覚作品として構成した最高傑作のひとつ《ビデオ・カルテット》(2002年)や、マンガから切り取ったオノマトペの文字が、それぞれの言葉の音響的特性を示すような動きのついたアニメーションとなり、音の大洪水として降り注ぐ《サラウンド・サウンズ》(2014-2015年)などを展示します。
作家プロフィール
クリスチャン・マークレーは1955年アメリカ・カリフォルニア州に生まれ、スイス・ジュネーヴで育つ。ボストンのマサチューセッツ芸術大学で美術学士を取得後、ニューヨークのクーパー・ユニオンで学ぶ。長年マンハッタンを拠点に活動してきたが、近年はロンドンに暮らす。1979年にターンテーブルを使った最初のパフォーマンス作品を発表。レコードをインタラクティブな楽器として扱う先駆的なアプローチにより、実験音楽シーンの重要人物として一躍知られるようになる。1980年代以降には、即興の演奏のほか、聴覚と視覚の結びつきを探る作品で、美術の分野でも活躍する。
《ザ・クロック》(2010)で第54回ヴェネチア・ビエンナーレ(2011)金獅子賞を受賞し、公式展示のなかで最も優れたアーティストとして評価される。ロサンゼルス・カウンティ美術館(カリフォルニア州)(2019年)、バルセロナ現代美術館(スペイン)(2019年)、アールガウアー美術館(スイス・アーラウ)(2015年)、ホイットニー美術館(ニューヨーク)(2010年)など世界各国の主要な美術館での個展を開催するほか、音楽の分野でも重要な活動を続け、『Record Without a Cover』(1985年)、『More Encores』(1988年)、『Records』(1997年)などのリリースのほか、これまで、ジョン・ゾーン、エリオット・シャープ、ソニック・ユース、フレッド・フリス、スティーブ・ベレスフォード、オッキュン・リー、大友良英ら数多くのミュージシャンと共演、レコーディングを行っている。
基本情報
- 会期
2021年11月20日(土)-2022年2月23日(水・祝)
- 休館日
月曜日 (2022年1月10日、2月21日は開館 )、年末年始 (12月28日-1月1日 )、1月11日
- 開館時間
10:00-18:00(展示室入場は閉館の 30 分前まで)
- 観覧料
一般 1,800円 / 大学生・専門学校生・65歳以上1,200円 / 中高生 600円 /小学生以下無料
※ 予約優先チケットもございます。予約優先チケットはこちら
※ 本展チケットで、「MOTコレクション」もご覧いただけます。
※ 小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要です。
※ 身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳持参者とその付き添いの方(2名まで)は無料です。- 会場
東京都現代美術館 企画展示室 1F
- 主催
公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
展示風景(動画)
関連書籍展示
クリスチャン・マークレーのアーティストブック、展覧会カタログを美術図書室にて閲覧頂けます。
関連書籍展示リスト(PDF)
展覧会カタログ
当館のミュージアムショップおよびNADiffオンラインサイトにて販売中
・発行:左右社
・刊行:2022/3/31
・価格:3,960円(税込)
・ページ数:408ページ
・テキスト:日本語/英語
・ISBN:978-4-86528-056-2
・デザイン:米山菜津子
・収録テキスト執筆者
論考・エッセイ:大友良英、中川克志、ライアン・ホームバーグ、藪前知子(東京都現代美術館)
転載テキスト:ダグラス・カーン、ティム・モートン、デイヴィッド・トゥープ、ジャン・エステップ、刀根康尚
※開催内容は、都合により変更になる場合がございます。予めご了承ください。