共時的星叢──時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし

台湾映画の異才が編む、台湾近代芸術

このたび東京都現代美術館では、1930年代の台湾で結成されたモダニズム詩のグループ「風車詩社」を描いた映画を起点に、近代の台湾と日本を多様な文化芸術をとおして見つめ直す「共時的星叢―時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」展を開催いたします。近代台湾の美術作品約200点、資料約500点に日本の作品約100点を加え、無数の星のようにそれらの関係性が交錯する空間のなかで、現代の視点から近代を再考することを試みます。

日本統治期に台湾へのシュルレアリスム導入を試み、日本語で詩作した数人の詩人をめぐる歴史的な営みを軸に、地域や時代、ジャンルを横断する多様な作品を散りばめた映画『日曜日の散歩者』(2015年、日本公開2017年)。この映画は、固定された物語を提示せず、観客がそれぞれの視点を見いだせるものでした。本展では、その監督である黄亜歴(HUANG Ya-li ホアン・ヤーリー)をゲストキュレーターに迎えます。
本展では、この映画をめぐる思索や編集手法を展示空間へと展開し、美術作品や文芸、映画、音楽、演劇、舞踏などの資料をモンタージュのように組み合わせ、6つの章を構成します。さらに、そこに黄亜歴のディレクションによる映像や反射する素材、迷い込むような動線が加わり、展示空間自体が、鑑賞者をも含めた複数の関係性の交差を生みだす装置として機能します。
近代の台湾と日本に確かに存在した個々の営みは、固有の光を宿し、たとえ隣り合っておらずとも、時を共にし、星座のように関係性が結ばれていたといえるでしょう。本展では作品同士はもちろん、わたしたち自身の身体や視線をも内包した、複雑で多様な関係が結ばれることで、既存の語りや単線的な歴史観から距離を置くことを目指します。その空間のなかで近代の作品や資料と出会うとき、それらは単なる過去の断片としてではなく、現在の経験として立ち現れ、わたしたちのまなざしそのものを問い返す契機となるはずです。

作品リスト(PDF)
資料リスト(PDF)

みどころ

台湾近代美術を大規模に展観する初の機会
台南市美術館、台北市立美術館、国立台湾美術館、高雄市立美術館、国立台湾図書館など、台湾の15館以上の美術館・博物館および個人コレクションより、絵画・彫刻・版画・写真作品約200点に加えて、資料約500点を紹介します。
出品作家は、黄土水(1895–1930、HUANG Tu-Shui ホアン・トゥシュエイ)、陳澄波(1895–1947、CHEN Cheng-po チェン・チェンボー)、何徳来(1904–1986、HO Te-lai ホー・テーライ)、林玉山(1907–2004、LIN Yu-shan リン・ユイシャン)、郭雪湖(1908–2012、KUO Hsueh-hu グオ・シュエフ)、洪瑞麟(1912–1996、HONG Rui-lin ホン・ジュイリン)、黄早早(1915–1999、HUANG Tsao-tsao ホアン・ヅァオヅァオ)、陳夏雨(1917–2000、CHEN Hsiayu チェン・シアユー)、荘世和(1923–2020、CHUANG Shih-ho ジュアン・シーホー)など、近代の台湾美術を考える上で重要な作家が名を連ねます。この規模で台湾近代美術を日本で紹介する機会は、本展が初となります。

台湾の気鋭の建築家UxUスタジオによる、複数の関係が立ち上がる空間設計
本展の空間設計は、台湾を拠点に活動する建築家、陳冠宏(CHEN Kuan-Hung チェン・クァンホン)と陳映竹(CHEN Ying-Chu チェン・インジュウ)が2013年に設立した「UxU Studio」が手がけます。反射する素材を活かし、関係そのものを生み出す構造として設計された空間により場全体がインスタレーションとなり、作品を「見る」ことにとどまらず、その関係のなかに入り込むような体験が生まれます。 

ジャンルを横断する約500点の資料群
本展では、展示の半数以上を占める多様な資料群も大きな見どころです。当時の台湾と日本の双方で出版された書籍や雑誌、作家同士の交流を示す書簡、メモやアルバムなどの個人の資料をはじめ、当時の文学、音楽、レコード産業、舞踏、演劇、工芸などに関する資料約500点を展示します。これらは、単に作品を補完する資料としてではなく、近代における芸術文化の営みを形づくる複数の要素として、作品とともに星座を構成します。また、台湾の原住民族*に関わる資料も重要な位置を占めます。日本による統治政策や人類学的調査のなかで分類・収集されてきたこれらの資料を、本展では他の作品や資料とともに配置することで、あらためて現在の視点から捉え直します。
*台湾では、漢民族が台湾に移住してくる以前から台湾に住む人々を「原住民族」と呼びます。漢語の「先」という言葉には「既になくなってしまった」という意味が含まれるため、台湾では「先住民族」と呼ばれることはなく、本展でも台湾での呼称を尊重し、「原住民族」と記載します。

ゲストキュレーター

黄亜歴(HUANG Ya-li ホアン・ヤーリー)
キュレーター、映画監督。映画とキュレーションを横断する実践を軸に、歴史的な作品、資料と現代の感覚との対話を創出し、アジア近現代史における「忘れ去られた」文化的接点の再発見と再構築に取り組む。2015年の監督作『日曜日式散歩者(Le Moulin)』は台湾のアカデミー賞といわれる金馬奨で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。また、東アジア前衛運動の研究をもとに、展覧会「共時的星叢 : 〈風車詩社〉與跨界域藝術時代」(2019年、国立台湾美術館)を企画し、関連書籍でも高い評価を受ける。

章解説・主な展示作品

1 翻訳と創造のはざまで

日本統治下の台湾では、日本の教育制度や美術制度、あるいは日本へと留学した台湾人を通して、西洋の芸術や思想がもたらされました。1920年代から30年代には、それまでに培われた土壌のもと、芸術家や文学者たちは新たな表現の可能性を模索していきます。
なかでも、日本の帝展にならって1927年に創設された台湾美術展覧会(台展)は、台湾の近代美術がかたちづくられていく重要な場となり、多くの芸術家がそれぞれの表現を切り拓いていきました。また、1920年に東京で発行された、台湾人による政治運動の最初の機関刊行物『台湾青年』や同紙を前身とする『台湾民報』*1、台湾文化協会の活動*2、伝統的な漢文と近代白話文をめぐる議論「新旧文学論争」などを通じて、民主主義や自由、文化的自律を求める思想や文化運動が広がっていきます。美術と文学はともに、統治下という現実と向き合いながら、自らのアイデンティティを問い直し、新たな社会や主体性のありかを模索する営みでもありました。
これらの受容は、単なる模倣や一方向のものではありませんでした。美術や文学に携わる台湾の作家たちは、それぞれ異なる経験をもつなかで、日本を通していわば「翻訳」された西洋近代と対峙します。日本でもまた、西洋の文化や思想を受け入れる過程でさまざまな葛藤を経験しましたが、台湾では、そのような日本を媒介として西洋の近代に出会います。台湾、日本、西洋という複数の文化や価値観が幾重にも重なり合い、台湾の近代はより複雑な様相を帯びていきました。
本章では、こうした時代背景のもとで活動した台湾と日本の芸術家たちの作品に加え、文学をはじめとする同時代の多様な資料を紹介します。それぞれの作家がこの重層的な近代をどう受け止め、ときに読み替え、直接的、間接的に呼応し合い、自らの表現へと結びつけていったのか。その個々の営みをたどることで、近代という時代を、ひとつの歴史ではなく、多様な経験と関係性が交差する場として見つめ直します。


1 :『台湾青年』は、台湾人の地位向上を目指して東京で結成された新民会が1920年に創刊した機関誌。その流れをくむ『台湾民報』とともに、台湾人による政治・文化運動の言論の場となった。
2:台湾文化協会は、林献堂や蔣渭水らを中心に1921年に設立された民間団体。講演会や講習会などを台湾各地で行い、知識の普及と文化の向上を目指した。

「1 翻訳と創造のはざまで」展示風景 撮影:大倉英揮

  • 陳澄波《嘉義公園の一風景》1934 個人蔵

  • 藤島武二《台南風景》1933 神奈川県立近代美術館蔵

  • 呂基正《商品陳列窓》1934 遺族蔵

  • 劉啓祥《樹幹がある風景》1930 個人蔵

  • 石川欽一郎《社頭》1930 台北市立美術館蔵

  • 郭柏川《自画像》1944 台北市立美術館蔵

  • 黄土水《軍鶏》1925 個人蔵

  • 彭瑞麟《静物》1930 個人蔵

2    幻想に包まれた都市

科学技術と文明の進歩は、都市の姿を大きく変えていきました。飛行船や潜水艦、街を行き交うモダンな人々の姿は新しい時代の象徴となり、女性の社会進出を伝える記事が新聞や雑誌に登場します。写真や映画といった新しい技術への関心も高まり、芸術家たちも映画館や劇場、女給の働くカフェに足を運びました。工業化・都市化・国際化のうねりのなかで、機械文明を映した幾何学的な構図や、視点や技法を凝らした写真の実験など、新しい造形が試みられます。そこには、近代的発展の裏側にひそむ矛盾や空虚さ─幻影としての都市の光景も描き出されました。
日本統治下の台湾は、鉄道や電力などのインフラ整備が進む一方、内地*1とのあいだには産業や労働のありようをめぐる隔たりが存在していました。農民たちが待遇改善を求めて立ち上がった二林事件*2など、こうした状況に声を上げる動きも起こります。同じ頃、日本でも台湾でも、社会のありように批評的なまなざしを向ける芸術のあり方が生まれていました。前衛的な表現を通じて、社会の不公正や周縁に生きる人々の姿を見つめる制作が、それぞれの地で呼応し、展開されていきます。
1930年代に入ると、左翼運動への弾圧とともに、その自由な空気は失われていきます。台湾でもまた、20年代に盛んだった政治運動を背景とする文学活動は続けられなくなりました。その後、文学の場は、美術・演劇・舞踊・音楽といった他の領域や、東京と台湾を越境する人々の活動と結びついていきます。1934年に結成され東京支部も置いた台湾文芸連盟は、内地と外地を結ぶ東アジアの芸術家たちが分野を越えて行き交う、新たな連帯の場となっていきました。


1 :日本統治期に日本本土を指して用いられた呼称。台湾や朝鮮など、統治下に置かれた地域は「外地」と呼ばれた。
2:1925年、彰化・二林で製糖会社との待遇をめぐって起きた、台湾で最初の農民運動。

「2 幻想に包まれた都市」展示風景 撮影:大倉英揮

  • 楊三郎《パリの女性》1932 楊三郎美術館蔵

  • 神原泰《マリアとキリスト》1923 東京都現代美術館蔵

  • 村山知義《トワルディー画廊個展案内状》1922 東京都現代美術館蔵

  • 鄧南光《モダンな女性たちのスナップ》1929–35、後年プリント 創価美術館蔵

  • 張才《貧富対照(上海)》1943 台北市立美術館蔵

  • 安井仲治《旗》1931 東京都写真美術館蔵

3    シュルレアリスムの時差

シュルレアリスム(超現実主義)は、20世紀初頭のフランスで生まれた芸術運動です。理性による統御を離れ、夢や無意識のうちに立ち現れるイメージを通して、現実そのものを問い直そうとする試みでした。この概念は、翻訳文学や、留学を経た芸術家たちの経験、前衛的な団体の活動を通じて日本にもたらされました。
1930年代の台湾では、詩人グループ「風車詩社」が、こうしたシュルレアリスムの導入を試みました。しかし当時の文壇では写実主義が主流を 占めており、その試みが広く受け入れられることはありませんでした。風車詩社の活動期間は短く、長らく忘れられた存在でしたが、近年になって改めて注目されるようになりました*1。彼らをはじめ、同時代を生きた台湾や日本の作家たちの活動からは、時差をともないながら、それぞれが異なる文化的土壌のなかで翻訳を重ね、シュルレアリスムという概念を受け入れ、ときに読み替え、変容させていったことがうかがえます。
本章では、美術史や文学史のなかで「シュルレアリスム」として明確に位置づけられてはいない作品も取り上げています。ひとつの理論に作品を照らし合わせるのではなく、近代という概念がまだ定まりきらなかった時代に、創作者たちが直感や生の経験を通じて、その時代の集合的無意識に潜む抑圧や想像、欲望へどう応答していたのか、その営みを見つめるものです。時差をともないながら、翻訳が幾重にも重なるなかで生まれる、ずれのなかに彼らは生きていました。そしてそのずれこそが、彼らにとっての現実だったのです。


1:本展のゲストキュレーターを務める黄亜歴による映画『日曜日の散歩者』(2015年)は、風車詩社をモチーフとした作品である。

「3 シュルレアリスムの時差」展示風景 撮影:大倉英揮

  • 荘世和《アトリエの一角》1941 創価美術館蔵

  • 阿部金剛《風景》1933 横須賀美術館蔵

  • 東郷青児《超現実派の散歩》1929 SOMPO美術館蔵 ©Sompo Museum of Art, 26012

  • 古賀春江《窓外の化粧》1930 神奈川県立近代美術館蔵

  • 陳澄波《綠面具裸女》[緑の面をかぶった裸婦] c. 1929–1933 個人蔵

  • 何徳来《笑面鬼》1928 台北市立美術館蔵

  • 林寿鎰《一輪の花》1947 台北市立美術館蔵

  • 仲田定之助《女の首》1924 東京国立近代美術館蔵

4    故郷/私 とはなにか

日本統治期の台湾では、芸術と文学を取り巻く環境が大きく変化していきます。それまで台湾で親しまれていたのは、中国福建地域に由来する「閩習」*1に連なる書画や、廟を彩る神像や彫刻、祭礼にまつわる工芸など、暮らしと信仰に根ざした造形でした。しかし、統治のはじまりとともに西洋や日本の近代的な「美術」や「文学」の理念が徐々に導入され、芸術は、私的な文人の営みや土地の信仰と結びついた造形文化から、近代的な文化制度へと接続されていきます。
1927年にはじまった台湾美術展覧会(台展)では、写生の技術とともに、台湾の風土や暮らしを描く「地方色」が重んじられ、審査委員には日本人だけでなく台湾人の画家も名を連ねました。そうした環境に加え、日本留学を経験した若い美術家たちも登場し、水墨から油彩、膠彩、彫刻まで、多様な表現や技法が展開していきます。そして文学の世界でも、伝統的な漢文の教養と新しい時代の言葉とのはざまで「何をどう描くべきか」が問われます。台湾の画家や書き手にとって、それは創作の場であると同時に、植民地の期待に応えることでもありました。故郷を見つめるまなざしは、はたして誰のものだったのでしょうか。
一方、台湾原住民族の暮らしは、理蕃政策*2のもとで大きく変えられていきます。伝統的な生活の場は統制のもとに置かれ、日々の営みのなかで使われてきた道具や衣服は、調査や収集の対象となりました。それらは博物館へと運ばれ、「芸術」や「工芸」、あるいは「資料」として新たな価値を与えられます。博物館における収集や分類、展示は、「物」として保存するだけでなく、原住民族という存在そのものを位置づけていく行為でもあります。当時普及しつつあった写真もまた、台湾の人々の暮らしや祭礼、そして原住民族の姿を記録し、まなざしを固定する手段となっていきます。もともとの場所や文脈から切り離されたものたちが、そこでどのような姿に変わっていったのか。その行方は、いまも問われています。


1 :自由な筆墨と写意的表現を特徴とする画風。清代以降、福建と台湾との交流を背景に台湾にも受容され、近代以前の書画文化に影響を与えた。
2:日本統治下で台湾原住民族に対して行われた統治政策。当初は軍事的な鎮圧が中心だったが、次第に教育や生活の統制・同化へと展開した。

「4 故郷/私 とはなにか」展示風景 撮影:大倉英揮

  • 郭雪湖《南街殷賑(彩色下絵)》1930 創価美術館蔵

  • 林玉山《牡丹とサンケイ》1937 国立台湾美術館蔵

  • 小林保祥《高砂族の生活》1940-45 平塚市美術館蔵

  • 郷原古統《春の庭》1937 台北市立美術館蔵

  • 黄亜歴、李国漢《共時的星叢─映像04》2026 作家蔵 撮影:大倉英揮

5    描いた/描かせた のは誰か

日本は20世紀初頭より台湾に対する近代的な統治を推し進め、行政・経済・文化にわたる統制を段階的に強化していきます。とりわけ1930年代以降、日本が対外的な軍事拡張を強めると、台湾でも皇民化政策*1が推し進められ、戦時動員が一層強化されます。1937年に日中戦争が全面化すると、日本と台湾の双方で思想や言論への統制が一層厳しさを増し、芸術や文学もまた、戦時体制のなかに組み込まれ、国家からさまざまな役割を担うことを求められます。
日本で1942年に日本文学報国会*2が結成されると、台湾でも翌年に台湾文芸家協会が台湾文学奉公会へと改組され、美術では台湾美術奉公会が組織されます。文学者たちはその活動に参加する一方で、時代の要請と向き合いながら、日本語による創作や時局に沿った作品を手がけるようにもなります。制度への応答と、個人としての美学の追求とのあいだには葛藤があり、作品には抵抗と妥協が交錯する態度もうかがえます。
戦争という主題は、日本と台湾の双方において、美術だけでなく文学や音楽など、さまざまな表現のかたちで残されています。従軍する画家がいれば、銃後の暮らしや出征の場面を描く画家もおり、台湾原住民族の青年たちが高砂義勇隊*3として戦地に送られていく様子を描いた作品も存在します。そこには、植民地統治のもとで位置づけられてきた人々が、皇民化政策の進展とともに戦争へ動員されていく状況が表れています。そうした作品のなかには、当時の制度や形式を受け入れながらも、個人的な視点や感情を織り込もうとした例も見られます。


1:日本統治下の台湾で、台湾人を「日本人」化することを目指して推進された同化政策。
2:1942年に結成された、情報局の指導のもとで文学者を組織化した戦時下の文学団体。
3:日本統治下末期、台湾原住民族の男性を中心に編成され、南方戦線などに動員された部隊。

「5 描いた/描かせた のは誰か」展示風景 撮影:大倉英揮

  • 李澤藩《出征の見送り》1938 李澤藩美術館蔵

  • 鄧南光《列車内での戦時演習の啓発 》1940年代、後年プリント 創価美術館蔵

  • 阿部合成《顔》1937(1935?) 東京都現代美術館蔵(福富太郎氏・中村くみ子氏寄贈)

  • 松本竣介《画家の像》c.1941 東京都現代美術館蔵

  • 林寿鎰《皇民奉公会》1937 国家撮影文化センター蔵

6    長い白夜

1945年、日本の敗戦とともに第二次世界大戦が終結し、台湾と日本はそれぞれの戦後を迎えます。日本では、焼け跡からの復興がはじまり、市井の暮らしは厳しい状況にありながらも言論や芸術活動に活気が戻っていきました。民主化が進んでいくなか、芸術家たちは戦争の記憶や社会への問い、人間の尊厳をそれぞれの表現で探求していきます。台湾でもまた、日本による統治が終わるとともに中華民国の施政下となり、新しい社会への期待が高まります。日本と同様に、新聞や雑誌が次々と創刊され、美術、文学、写真、演劇など多様な表現活動が再開されました。台湾と日本の創作者たちは、それぞれの立場から戦後を見つめ、文化の再出発を模索していきます。
しかし、台湾ではその希望はほどなく揺らぎます。1947年の二・二八事件*1、そして同事件を契機としはじまる約40年に及ぶ戒厳令下の白色テロ*2は、台湾の社会全体に暗い影を落とします。日本統治期に近代台湾文化を切り拓いた多くの作家の言論や芸術活動は厳しく弾圧され、画家の陳澄波、台湾原住民族ツォウ族の指導者で芸術家の高一生、風車詩社の李張瑞、劇作家の簡國賢、版画家の黄栄燦らは命を奪われます。楊逵、楊熾昌、呂赫若、葉石濤ら、多くの芸術家や文学者、演劇人、時にその家族までもが収監や監視、亡命を経験し、長い沈黙を余儀なくされました。本章で取り上げる原稿や書簡などの資料は、個々人の日常が権力によって大きく揺さぶられた時代をまざまざと今に伝えます。また、戒厳体制のもとでは「中華文化の正統」を掲げる文化政策により、表現できる内容にも大きな制約が生じました。
こうした時代の空気は、芸術家一人ひとりの営みに影響を与えることとなります。しかし、その現れ方は一様ではありません。本章で紹介する作品は、制作の背景や描かれる主題、表現の方法など、多様な応答と選択の積み重ねの先にあり、厳しい時代にも弛まず制作を続けた作家たちの痕跡が深く刻まれています。


1 :国民党政府の統治に対する不満などを背景に、台湾各地で反政府運動が発生した国民党政府が鎮圧のために軍を投入し、多くの犠牲者を出した事件。
2 :1949年から87年まで続いた戒厳令下に、国民党政府により行われた政治的弾圧の総称。反体制的とみなされた人々が逮捕・拘束・処刑の対象となり、言論や出版などにも厳しい制限が加えられた。

「6 長い白夜」展示風景 撮影:大倉英揮

  • 許深州《青嵐》1953 桃園市立美術館蔵

  • 立石鐵臣《孤独》1950 立石光夫氏蔵

  • 塩月桃甫《ロボ(Lubuw)》1946–1954 桃園市立美術館蔵

  • 張才《爆撃された天主堂》1946 台北市立美術館蔵

  • 力軍/黄栄燦《恐ろしい検査─台湾二・二八事件》1947、神奈川県立近代美術館

  • 何徳来《夕焼けの鐘声》1951 台北市立美術館蔵

基本情報

会期

2026年9月5日(土)~12月13日(日)

開館時間

10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
*11月の毎金曜日は20:00まで開館

休館日

月曜日(9月21日、10月12日、11月23日は開館)、9月24日、10月13日、11月24日

会場

東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F

観覧料

一般2,000円(1,600円)/大学生・専門学校生・65歳以上1,400円(1,120円)/中高生800円(640円)/小学生以下無料

※(  ) 内は20名様以上の団体料金
※本展チケットでMOTコレクションもご覧いただけます。ただし、9月5日~9月18日は展示替えのためご覧いただけません。
※小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要です。
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料になります。
※毎月第3水曜(シルバーデー)は、65歳以上の方は無料です。(チケットカウンターで年齢を証明できるものを提示)
※家族ふれあいの日(毎月第3土曜と翌日曜)は、18歳未満の子を同伴する保護者の観覧料が半額になります。(都内在住証明提示/保護者各自提示で2名まで)

[学生無料デー Supported by Bloomberg]
10月10日(土)~12日(月・祝)は中高生・専門学校生・大学生は無料です。(チケットカウンターで学生証を提示)
[オータムナイトミュージアム2026]
11月の毎金曜日は17:00以降のご入場で観覧料が2割引、学生は無料です。(要証明)

オンラインチケット1枚につきお一人様各展覧会1回限りご入場いただけるオンラインチケットです。ご購入後のキャンセル・変更は一切できません。美術館チケットカウンターにて当日券も販売します。

主催

東京都現代美術館、本木工作室有限公司

特別協力

台南市美術館、台北市立美術館、国立台湾美術館、国立歴史博物館、国立台湾文学館、国立台湾歴史博物館、創価美術館、桃園市立美術館、台北市中山堂管理所

助成

台湾文化部、台湾外交部、客家委員会、台湾維新基金会、研華文教基金会、天美芸術基金会

特別協賛

アプライド・オプトエレクトロニクス、株式会社SGC
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協賛

中国信託商業銀行、東京スター銀行、台新新光フィナンシャルホールディングス、奇鼎科技、聖筑室内装修設計、量信科技、徳隆貿易、眠豆腐 SLEEPY TOFU、擎昊科技、震謙、悦基塑膠、益登科技、文曄科技、大禧工業、台實實業、群立国際電子、陽程科技
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協力

台湾蔦屋、誠品生活日本橋

後援

公益財団法人日本台湾交流協会

展覧会公式図録

共時的星叢――時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし 展覧会公式図録 
2026年11月刊行予定(10月ごろ予約開始予定)
*一般流通書籍のため、全国の書店・各ネット書店でもご購入が可能です。

・台湾および日本の作品図版は約250点、資料図版は約180点を掲載(予定)
・全作品解説を掲載
・以下の執筆者の論考を掲載(予定)
黄亞歴(本展ゲストキュレーター)
郭昭蘭(国立台北藝術大学 美術学系修士課程 美術史・視覚文化専攻 准教授)
林太崴(台湾音楽史研究者)
陳允元(国立台北教育大学 台湾言語・文化学科 副教授)*
劉柳書琴(文学)*
戸田昌子(写真史家)
細井尚子(立教大学 異文化コミュニケーション学部 教授)
金島隆弘(金沢美術工芸大学 准教授)
西川美穂子(東京都美術館 学芸員)
鳥越麻由(東京都現代美術館 学芸員)
*2019年国立台湾美術館での共時的星叢展カタログからの翻訳再録

『共時的星叢――時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし』
テキスト:日本語、台湾華語・英語(一部)
デザイン:秋山伸(edition. nord)
刊行予定日:2026年11月
発行元:株式会社国書刊行会

展覧会チラシ(PDF)

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広報物デザイン 表面:理式意象設計/Idealform Co. 裏面:秋山伸/edition.nord

カフェ&ラウンジ「二階のサンドイッチ」特別メニュー

  • 会期中、カフェ&ラウンジ「二階のサンドイッチ」にてお楽しみいただける特別メニューです。

    二階のジーローパン(税込760円)
    台湾の近代美術を扱う本展覧会から着想を得て、台湾夜市の定番グルメ「ジーロー飯(鶏肉飯)」をサンドイッチで表現。鶏肉に五香粉(ウーシャンフェン)の香りやオイスターソースの風味を重ね、パクチーやたくあんを合わせて台湾らしい味わいに仕上げました。

    東方美人茶と百香果のティーソーダ(税込760円)
    台湾産の「東方美人茶」に、甘酸っぱい百香果(パッションフルーツ)とマンゴーを合わせた爽やかなティーソーダ。お茶の華やかな香りとトロピカルフルーツの甘酸っぱさが重なり、台湾の風土を感じられるコラボレーションドリンクです。

    *サンドイッチ+ドリンクセット価格:1,420円

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