桂ゆき-ある寓話
展覧会概要
開催趣旨
1935年にコラージュによる個展を開いた桂ゆき(1913年−1991年)は、およそ60年にわたり創作活動を展開した、戦前と戦後を繋ぐ女性芸術家のパイオニア的存在です。本展は、活動の拠点であった東京での初めての包括的な個展として、生誕百年を記念して開催されるものです。
触覚に根ざしたコルクや布などのコラージュ、油絵具による細密描写、そして戯画的な表現を桂が並行して展開したことは、独自の絵画のあり方を示すものとして戦前より瀧口修造や藤田嗣治等から注目されてきました。また戦後は、社会や人への透徹した眼差しと寓意表現を通して、ユーモアに溢れた、多層的な読み取りを可能とする作品を制作しています。旅と文学により培われた、あらゆるものを相対化する思考に支えられたその仕事には、前衛と日常、批評と笑い、日本の民俗的なものと西洋近代の普遍的なものを複眼的に捉える姿勢が貫かれているのです。それは、寓話の脇役から主人公を眺めること、制作した絵を90度回転させること、対象に被膜を纏わせることなど、ちょっとした視点の操作によって、今まで当たり前に捉えてきたことに再考を促すものでした。
本展は、独自の寓意表現を通して、人とモノ、生き物を、その境界を越えて自由に行き来させた桂の作品世界を、絵画の代表作、そして初出品の作品や本の仕事などによって紹介し、欧米の前衛とは別の文脈で育まれた創作の意味を多角的に検証するものです。あらゆるものから自由な態度を貫いた桂の仕事。本展はその複雑で奥深いユーモアに触れる絶好の機会となるでしょう。
展覧会 見どころと構成
待望の東京で初めての包括的な個展
21歳での初個展から半世紀後の新作展まで、常に独自の創作で注目されてきたにも拘らず、出身地東京ではその代表作が一堂に介する機会はありませんでした。今回、ほぼ全ての時代の活動を、初公開の作品と代表作により実見することができます。
1 初公開となる初期の実験的な作品
まだ十代のときに手がけた植物スケッチや、1930年代に試みた漆絵やコラージュ、ユーモアあふれる地獄絵など、初出品の作品を通して、細密描写、物質感を活かしたコラージュ、戯画的表現という3つの表現方法の核が戦前に芽生え、展開した様子を辿ります。
2 社会との距離
1940年代から50年代にかけて、画室の外に出て、東京のまちや暮らしのスケッチを残しています。第五福竜丸がビキニ環礁で被爆した1954年には《人と魚》を発表するなど、社会の現実と向き合い、代表作を生み出していきました。
また出版界が復興するこの時期、『ノンちゃん雲に乗る』(石井桃子著)や『おばあさんと子ブタ』(野上彌生子著)をはじめとする児童文学の装幀や挿画の仕事等を通して、油彩画において寓意的な表現が様々に試みられるようになります。
3 長い旅
1956年から1961年まで、パリ、中央アフリカ、ニューヨークへの長い旅に出た画家はスケッチ・ブックや写真機を手に、多様な環境のなかで暮らす人びとの日常を捉え、その体験を旅行記に纏めます(毎日出版文化賞を受賞)。ニューヨークでは、広いアトリエに越して、材料の入手が困難になった戦時中に中断していたコラージュに、大画面で挑戦することができました。本展では滞在中に米国の美術館に収蔵された《Four Canvases》が初めて里帰りします。
4 動物寓話
1960年代半ば、誰にも馴染みのある寓話の脇役を中心に据えた大画面のコラージュ《ゴンべとカラス》で、現代日本美術展の最優秀賞を受賞します。勤勉な仕事を覆すカラスに破壊的革新性を見出したり、あるいは無駄骨の喩えとしての解釈に憤ったり。桂は、嘴や手ぬぐいで示されたユーモアあふれる存在を通して、寓話をめぐって様々な問いを投げかけるのです。
これら大画面の絵画と並行して、文芸批評家の花田清輝の著書、ジェ-ムズ・ボールドウィンや大庭みな子等の小説、そして社会事業家の澤田美喜の自伝等の装幀や挿画にも精力的に取り組み、同時代の黒人や女性をはじめとする様々な人間をめぐる状況への思索を深めていきます。多くの名エッセイを執筆したこの時期、被膜を纏う生き物たちが様々な意味を担って登場してきます。
5 紅絹の道具たち
1985年、着物の裏地として用いられる紅色の絹で女性の日常を取り巻く道具や持ち物を覆うインスタレーションを発表します。しかしよく見ると、おかまにも、高枕にも、バッグにも、角や尻尾らしきものが生えています。布や紙で覆うことで、日常をとりまくモノたちが、生き物のように蠢きはじめるのです。最晩年の新たな表現は、「釈然としないものの本質と付き合おう」としたこの芸術家が、手のひらで感じとったものを見つめることで、世界と新たな関係をきりむすぶ試みでもあったのでしょう。
展覧会情報
会 期
2013年4月6日(土)〜6月9日(日)
休館日
月曜日(4月29日、5月6日は開館)4月30日、5月7日
開館時間
10:00 〜 18:00(入場は閉館の30分前まで)
会 場
東京都現代美術館 企画展示室3階
主 催
公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
協 賛
ライオン、清水建設、大日本印刷、損保ジャパン、日本テレビ放送網
観覧料
一般 1,000(800)円 大学生・専門学校生/65歳以上 800(640)円 中高生 600(480)円 小学生以下無料
*20名以上の団体は2割引
*本展チケットで「MOTコレクション」もご覧いただけます。
*企画展のチケットで「MOTコレクション」もご覧いただけます。
*身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と 付添者2名は無料。
*同時開催「フランシス・アリス展」との共通券もございます。
同時開催
● 「フランシス・アリス」 第Ⅰ期 MEXICO SURVEY メキシコ編
2013年4月6日(土) ~ 6月9日(日) 企画展示室 地下2階・アトリウム
● 「MOTコレクション 私たちの90年:1923-2013 残像から-afterimages of tomorrow」
2013年4月6日(土) ~ 6月9日(日) 常設展示室
関連イベント
■レクチャー
日 時:2013年4月20日(土) 14時
講 師:鳥羽耕史氏(早稲田大学教授 日本近代文学)
日 時:2013年4月27日(土) 14時
講 師:中村宏氏(画家)
日時:2013年5月3日(金) 14時
講師:湯本豪一氏(漫画史 妖怪研究家)
日時:2013年5月11日(土) 14時
講師:小勝禮子氏(栃木県立美術館 学芸課長)
日時:2013年5月18日(土) 14時~ (13時45分開場)
講師:小谷野匡子氏(絵画保存研究所 絵画修復家)
日時:2013年5月25日(土) 14時
講師:北澤憲昭氏(美術評論家)
日時:2013年6月1日(土) 14時~ (同時通訳付)
講師:Namiko Kunimoto氏(American University助教授 美術史)
■ 学芸員によるギャラリー・トーク
日時:2013年4月6日(土) 13時〜
日時:2013年5月22日(水)14時~
■創作・鑑賞プログラム コラグラフを刷って画帖を創ろう!
今回の「桂ゆき」展では、コラグラフという版画の技法による作品が、展示されています。
木版や銅版のように、彫っていくのではなく、紙や布などを貼り付けて、それを版にして、
版画を刷っていくものです。コラージュを手掛けていた桂さんらしい版画の技法です。
このプログラムでは、桂さんのコラグラフやコラージュを鑑賞してから、身近な素材を使って、
コラグラフを刷ります。リボンや葉っぱなど、普段みなれたモノが、版を通して、
新しいイメージとなって現れます。桂さんの創作のプロセスを体験して、
より深くその作品を鑑賞しましょう!
日時:2013年5月19日(日)14時~16時
会場:東京都現代美術館企画展示室2階
講師:三澤庸子(版画家)
アーティスト
1913 | 本郷千駄木町に生まれる。女学校時代、池上秀畝に日本画を学び、卒業後は中村研一や岡田三郎助のアトリエに通い、人体デッサンを習う。 |
1933 | 東郷青児や藤田嗣治が指導するアヴァンガルド洋画研究所に通う。 |
1935 | コラージュによる初めての個展を近代画廊で開く。 |
1938 | 藤田嗣治の勧めで、日動画廊で個展。吉原治良等と九室会創立に参加。 |
1946 | 三岸節子等と女流画家協会の創立に加わる。 |
1947 | 日本アヴァンギャルド美術家クラブの結成に参加。岡本太郎の誘いで「夜の会」に出席、花田清輝等と知り合う。 |
1950 | 二科会の会員に推挙され、1956年まで審査員を務める。 |
1956 | 渡仏、パリをベースに欧州を旅する。1958年春パリから中央アフリカに行きふた月余滞在後、ニューヨークへ。およそ3年近く滞在。 |
1961 | 帰国。第6回日本国際美術展に《異邦人》を出品、優秀賞を受賞。東京画廊で個展。カーネギー国際展に出品。二科会退会。 |
1962 | アフリカ、アメリカでの体験をもとに『女ひとり原始部落に入る』を執筆。 |
1964 | 檀一雄等使節団の一行と旧ソビエト連邦を釣り旅行。その後も各地へ釣り旅行。 |
1966 | 第7回現代日本美術展に《ゴンべとカラス》等を出品、最優秀賞を受賞。 |
1970 | 朝井閑右衛門の勧めで1976年まで新樹会展に出品。 |
1974 | エッセイを纏めた『狐の大旅行』『続・狐の大旅行』が刊行される。 |
1985 | 新作ばかりによる個展「紅絹のかたち」を伊奈ギャラリーで開く。 |
1991 | 心不全のため死去。生前より準備していた回顧展が下関市立美術館で開催される。 |
Photo by MINORU HIRATA ©