表紙 東京都現代美術館 春のワークショップ2014 記録集 みえる人とみえない人の「井戸端鑑賞」オリジナル音声ガイドをつくろう! (注:イラスト。井戸を囲んで6人の人が話をしている、傍らに犬が寝そべっている) 1ページ 東京都現代美術館 春のワークショップ2014 記録集 みえる人とみえない人の「井戸端鑑賞」オリジナル音声ガイドをつくろう! (注:写真。参加者(1日目のBチーム)が輪になって笑いながら話しをしている) まるで“井戸端会議” をするように気軽に、作品を囲んで語り合う「井戸端鑑賞」。 春のワークショップ2014では、目のみえる人とみえない人がこの鑑賞を体験しました。 さらに、語り合った音声を素材に、“他人の見方を知ることができるツール” となる「オリジナル音声ガイド」を参加者自ら編集・制作しました。 ワークショップの流れ 10時30分 地下鉄「清澄白河」駅集合。チームごとに歩いて美術館へ。 11時 美術館到着。ガイダンス。 11時30分 MOTコレクション(常設展)で「井戸端鑑賞」を体験。 12時45分 昼休憩 13時30分 「オリジナル音声ガイド」の編集。 16時 完成した音声ガイドの発表。 16時30分 ワークショップ終了。 実施日:2014年3月1日 土曜日、2日 日曜日 同一内容で2回開催 参加者:3月1日22名(うち介助者2名)、3月2日18名 2ページ 「井戸端鑑賞」のやり方 ●みえる人もみえない人も一緒に 今回のワークショップでは、約8人ずつ(うち、視覚に障害のある方1~ 2名、晴眼者6~7名)、3つのチームで展示室を巡りました。 各チームにはナビゲーター(視覚に障害のあるスタッフ)1名と、サポートスタッフ(晴眼者のスタッフ)1名が同行して、鑑賞時の会話を促しました。 写真:参加者の中には、聴覚に障害のある人も。手話通訳と要約筆記を介して、会話を行いました。 (注:写真。参加者が手話通訳者を交え絵の前で鑑賞している) ●作品を囲んで、気軽に言葉を交わしながら作品を鑑賞します みえる人とみえない人が、作品の前で言葉を交わすことで、互いの見方や感じ方を伝え合います。あまり難しい言葉は必要ありません。 たとえば、誰かと町を歩いていて、面白いものを見かけた時、自然と会話が弾むように、作品鑑賞も、普段遣いの言葉で大丈夫。 気になる作品の前で足を止め、語り合えば、「井戸端鑑賞」は誰にでも実践できます。 写真:駅から美術館に向かう途中にも面白いものが! (注:写真。屋外でオブジェの回りに集まる参加者) ●会話のコツは、「見えるもの」と「見えないもの」 作品のサイズや形状、描かれた内容などの「見えるもの」。 そして、作品の印象や、見ながら考えたこと、連想したことなどの「見えないもの」。 この二つを、みえる人もみえない人も共に言葉にしていくことで、「井戸端鑑賞」は、より一層、充実したものになっていきます。 参加者の皆さんも、互いの言葉を紡いで、新たな作品の魅力を発見していきました。 写真:みんなが集まれば会話も弾む! (注:写真。参加者の笑顔) 3ページ オリジナル音声ガイドづくり 「井戸端鑑賞」での会話が、そのまま素材に。 参加者自身の編集を経て、鑑賞者の“生の声”を伝え、“他人の見方”を知ることができる「オリジナル音声ガイド」へと生まれ変わりました。 ●編集のプロセス 1.鑑賞を振り返る まずは、記憶をたどる話し合い。 印象的なトピックや発言を思い出します。 誰に向け、何を伝える音声ガイドにするか、編集方針についても話し合います。 (注:写真。机を囲む参加者) 2.構成を考える 意見を、吹き出しカードに書き出します。 トピックをまとめ、大まかな構成を考えます。 (注:写真。テーブル上の模造紙の上に広がるたくさんの吹き出し型のふせん) 3.音の切り出し・記憶の拾い上げ PCソフトで音声を聞いて、音の切り出し。 約6分の内容への編集を目指します。 作業は、オペレーターが補助します。 ここでは、記憶から漏れていた面白い発言も拾い上げます。 (注:写真。パソコンのモニターを覗き込む人) 4.微調整 一度通しで聞き、トピックの順番の入れ替えや、追加、削除などを行います。 (注:写真。パソコンのモニターを差す指) 1から4の手順を基本に、チームごとに独自の工夫も加えながら、編集作業を行いました。 ●できあがったオリジナル音声ガイドを聞く 最後は、スタジオで発表会。 スクリーンに投影された作品写真をじっと見つめながら聞く人、そっと目をふせて、頭の中に作品像を描きながら聞く人…。 みえる人とみえない人が、ともにつくりあげた、6種類のオリジナル音声ガイドが完成しました! (注:写真。目を閉じてうつむきながら音声ガイドに聴ききいる参加者) ●ワークショップ後の展開について 完成したオリジナル音声ガイドは、ワークショップ後も、館内での記録展示をはじめ、美術館HPでの公開など、様々な方法で、活用の可能性を探っていきます。 ※1 記録展示は館内ホワイエにて、2014年3月15日~30日に実施。なお、音声ガイド対象となった作品は、5月11日まで常設展示室にて展示されています。 ※2 公開状況等の詳細は、美術館HPをご覧ください。 次ページからは、全6種類の音声ガイドの内容をダイジェストで紹介 4ページ、5ページ 「Day 1 A チーム音声ガイド ダイジェスト」 Aチームは、適度に説明を織り交ぜながらじっくりと音声ガイドを作りました。 肩の力を抜いて交わした会話の中から、ゆっくりとゆっくりと、新たな作品の 魅力が浮かび上がってくるかもしれません。 注:参加者が集まって話している様子がイラストで描かれています。参加者が話した言葉が吹き出しで表されています。 「部屋で一番大きな絵ですね」 「横 3m くらい 縦 1m 半~2m」 「全体的に オレンジ色」 「額は木で シンプル」 「ぶあーと広がるような遠近感がある」 「「食う為に生きる為に耕す父 母 兄 弟 姉 妹におくる 1956」と書いてある」 「タイトルは 《田園》」 「広い畑を、みんなで手を取り合って行進しているようなイメージ」 「足で畑を耕しているイメージ」 「一瞬、足を上げている様子がパッと写っている」 「個性が排除 されている」 「オートメーション化された人形っぽい」 「オレンジ色は太陽や実りを思わせる」 「空というか背景が「畝」を表してる」 「天井にドレープ幕を張ったよう」 「広がりを感じなくて天井を感じる」 「屋根が覆われて圧迫感がある」 「ビニールハウスみたいな感じ」 「個性が無くて 不気味...」 「音だったら「ドっす、ドっす、ドっす」って行進しているような」 「「ザっザっザっ」って感じもする」 「離れたら 印象変わる?」 「ラインダンス みたいな」 「キャッチーだけど実は中にすごいメッセージがありそう」 「感情もない、顔もない、服もない」 「顔なしの集まりみたい…」 「明るく前向きに歩こうとする力強さがある」 作者名、タイトルは17ページ 6ページ、7ページ Day 1 B チーム音声ガイド ダイジェスト 個性派メンバーが集まったBチームは、編集作業での話し合いを経て「売れる音声ガイド」を目指して作りました。 「誰かの意見を聞くことで自分の既成概念が変わる、そこには情報価値がある、つまり売れる音声ガイドなのだ!」だそうです。果たして出来はどうなのか!? 注:参加者が集まって話している様子がイラストで描かれています。参加者が話した言葉が吹き出しで表されています。 「気持ちがポカポカしてくるような」 「うずまきがめまい目眩のような感じ」 「全体的に黄色い」 「春先の暖かいイメージ」 「描かれているのはものすごく大きなめしべかなあ」 「暖かい風が吹いてそう」 「暖かい以上に「熱帯」という感じ」 「暑さに酔いそうな印象」 「熱帯の果物をカットしたようにも見える」 「フルーツパフェみたいにも見える」 「人の顔にも少し見えてくる」 「目が2つ、 口が笑顔...」 「なにか新しく生まれてくる感じ」 「エロティックな黄色」 「タイトルつけるとしたら?」 「《めしべ》」 「《性の目覚め》」 「《新しい始まり》」 「本当のタイトルは 「《笑っちまったゴッホ》」 「こうやって皆で真剣に考えるのをどこかで作者が笑っている気がする」 「冗談というか、遊んでる感じがする」 作者名、タイトルは17ページ 8ページ、9ページ Day 1 C チーム音声ガイド ダイジェスト Cチームが選んだ作品のモチーフは、誰にとっても身近なあるモノです。 それについてひたすら語り尽くしていくうちに、思わぬ話題が飛び出すことも。 自分達が感じた、会話が弾む楽しさをお裾分けしたいという思いで作った音声ガイドです。会話が転がっていく様子が伝わるでしょうか。 注:参加者が集まって話している様子がイラストで描かれています。参加者が話した言葉が吹き出しで表されています。 「福耳ですね」 「巨大!」 「耳の左側の付け根に黒く引きちぎられたようなものがくっついてる」 「三半規管」 「サザエ」 「上の方の形、なんかすごい勢いがある感じ」 「迫力がある」 「溶岩が固まってしまったような」 「「鬼押し出し」みたい!」 「溶岩から「耳」が生み出されたのかも」 「耳がツルツルしていて人が映る」 「映ってるのが逆さまのところもありますよ」 「耳にいろんな像が映ってると、この空間の音が聞こえる感じがする」 「重いピアスでひっぱられてるような感じ」 「女性の耳?」 「男性っぽい かな...」 「耳の穴がないから、話を聞かない男性!」 「作者は耳ばっかり作ってた」 「作者はきっと耳が好き」 「穴がないっていうところは、なにか意味がありそうですよね」 「聞いてるフリしてるのかも」 「「THE耳」 て感じ!」 作者名、タイトルは17ページ 10ページ、11ページ Day 2 A チーム音声ガイド ダイジェスト 一見すると、暗く重苦しい雰囲気の作品を選んだ A チーム。 最初は遠慮がちに話していましたが、作品の中に差す光が皆の目に止まったことをきっかけに、 次第に絵の人物に感情移入する人も。 一つの作品を巡って揺れ動く、鑑賞者の気持ちが音声ガイドにも現れました。 注:参加者が集まって話している様子がイラストで描かれています。参加者が話した言葉が吹き出しで表されています。 「パッと見てワールドカップの「トロフィー」に似てる」 「現実は刑務所の中に閉じ込められてる感じ」 「すごく静かな雰囲気」 「屈んでいる人の心の中で感情が巡ってそう」 「ザワザワという音がしそう...」 「スキンヘッドですね」 「彫りが深い」 「30代?」 「40代かな...」 「人間に大きな手が覆い被さってる」 「大きな手の人差し指と中指の間に顔がある」 「覆いかぶさってる手が自分の手かもしれない」 「自分がしてきた「何か」が覆い被さってるのかな」 「手が3本?」 「細いのは子どもの手?」 「重い手ってのはどの手かな?」 「床の2つの手かな」 「背中の手だな~」 「でも冷たい感じはしない」 「「考える人」にもちょっと似てますよね」 「こういう時ってあるな」 「この絵みたいな気持ちになることが、今までにあったような気がする」 「シンパシーを感じる」 「よく見たら光が当たってる」 「すごくいいブルー」 「「やさしい部分」みたいなのがちょっとある」 「「光と陰」 という感じ」 「人間の生々しさっていうか、生きてる感じがする」 「守ってもらってる「手」なのかなとも思えた」 「初めと印象が変わった」 作者名、タイトルは17ページ 12ページ、13ページ Day 2 B チーム音声ガイド ダイジェスト 全てを語らない、「“想像の余地を残す音声ガイド”があってもいいじゃないか!」というチャレンジ精神から作られた音声ガイドです。 ガイドとして成立しているかどうかは分かりません(?)が、聴いた人が思わず「何だろう?」と引き込まれるような音声ガイドを目指しました。 聴くときっと作品を見たくなる? 注:参加者が集まって話している様子がイラストで描かれています。参加者が話した言葉が吹き出しで表されています。 「3m...2m くらい」 「でかいね!」 「全面的に 明るいレモン色」 「顔だけど顔に見えないような...」 「馬の蹄みたいな形のものがある」 「スプーンみたいなのもある」 「微妙に色が違うオレンジ」 「引いてみると「親指」に見える!(笑)」 「どっち側の?」 「左手!」 「指紋を抽象的に まとめちゃった 感じ (笑 )」 「親指の中の模様が「カテゴライズ」されてる ( 笑 )」 「チェックや点々だったり...」 「ゴッホのタッチだ!」 「ウズマキ状のもの」 「ゴッホのひまわりの 黄色」 「題名は、《笑っちまったゴッホ》」 「ということは、なんかパロディみたいな感じかな?」 「なんか絵と ピッタリくる」 「勝手にタイトルつけるとしたら?」 「《親指くん》」 「《今日も元気でご飯が うまい》(笑)」 「黒い点々が口のまわりに...ご飯粒がついてる感じ」 「ユーモアを感じる」 「ゴッホなのに悩みがなさそう」 「《能天気なゴッホ》」 「ゴッホだと能天気なんてあり得なさそうだから《アリエナイ》」 作者名、タイトルは17ページ 14ページ、15ページ Day 2 C チーム音声ガイド ダイジェスト このチームでは、作品を見た時にちょっとした意外性が生まれるような音声ガイドを作ってみました。 次々に現れるバラバラのイメージを集めながら、徐々に作品への共感が生まれていきました。 注:参加者が集まって話している様子がイラストで描かれています。参加者が話した言葉が吹き出しで表されています。 「スケスケのレオタードを着てる」 「お椀型の胸が立派」 「まんまる」 「正面向いてる」 「目だけ上向いちゃってます」 「右手で鼻をほじってる!」 「左手は昔の「チョキ」」 「流し台」 「背景に水が 流れている」 「白黒テレビでプロレス中継してる」 「テレビが水に浸かってる」 「部屋が浸水している!」 「赤いビニールスリッパがプカプカ浮かんでる」 「上半身だけの絵なんだよね」 「目は血走ってる感じ」 「口開けてポカーンとしてる」 「これ、どういう状態?」 「わかんない (笑)」 「角隠しは着ていて、あとはなんにも着てない」 「表情はアッパラパー!みたいな感じ」 「角隠しだけリアルに描いている」 「「自分」というものをすごい持ってそう」 「制作年の1966年ってこんな女性いました?」 「今でもいないと思うけど (笑)」 「衝撃的でしょうね」 「男にも見える」 「鼻スジが通ってて、面長なんですよね」 「女性の胸を描いたTシャツを着ている?」 「花嫁さんっていうと清楚なイメージだけど一皮むけばこんなもん」 「女性としてすごく共感できる」 「騙されちゃいけないよ、男ども判っておこうぜ、みたいな (笑)」 作者名、タイトルは17ページ 16ページ 参加者の感想から(注:似顔絵つき) 「自然の流れをまとめるとストーリーがそこに生まれていたことに感動した。」 「以前から知っている絵画作品でしたが、短時間でその印象がここまで大きく変わるとは思いませんでした。」 「作品の意図を伝えようとする作家も必死なんだという事が理解できた気がする。」 「見えない人と聞こえない人と混ざってどーなる?と思ったのですが、作品を楽しみたい、知りたい、語りたいという「思い」は誰でも同じなのですね。」 「とにかく、皆で言葉が出る出る!若者たちの言葉が新鮮で新しい展開を生む。また次回に期待!」 「声に出して共有することで自分自身の考えに逆に気づくことも多くあった。音声ガイドの副音声として使ったら面白いかも。」 「想像していた(よくある)音声ガイダンス作りではなくてとても面白かったです。」 「音声ガイドの長さは5分くらいが聞きやすいのかな…?」 「聴覚に障害のある者として参加しましたが、聴覚、視覚の障害の区別もなくおおいに楽しめました(手話通訳、PC要約筆記のおかげ)。」 「オリジナル音声ガイドを編集するにあたって、皆で「アートを鑑賞することの楽しさ」を伝えようと一緒に考えていたことが大きな成果だと思っています。」 「最後は作品の前で聴きたかった。」 「ポップな絵を見られて、マジメじゃない、アンチモラルな感じがよかった。作品のアウトライン(人物・風景)を最初に知りたい。」 「視覚障害者の方も一緒に作り上げた感があって、良い音声ガイドができたと思う。」 「自分では「当たり前」だと思っていた感想が個人的なものだと気づかされた。」 「美術作品が様々な人とすぐに交流するためのネタになるという事を改めて実感しました。」 「普段一人で見に来ていたら1分で通過した作品を、じっくり観ることができて面白かった。」 「当初はどうなるのかというドキドキ感がありましたが、うまくいくもんなんですね!(笑) 次回やるとしたら、もう少し時間があればいいなと思いました。」 「参加していない方が、このガイドを聞いてどのように感じるか知りたい。」 「多くの方となかなか共有できない美術の感想をこの企画は簡単に飛び越え、おどろき嬉しく思いました。」 「視覚障がい者の感じることが共に作業することで、少しでも理解できたのが素晴らしかったです。」 「「井戸端鑑賞」のネーミングがよく合っていると感じました。」 17ページ 注:鑑賞中の写真 「Day1 A チーム鑑賞作品 靉嘔《田園》」 「Day1 B チーム鑑賞作品 岡本信治郎《笑っちまったゴッホ》」 「Day1 C チーム鑑賞作品 三木富雄《EAR》」 「Day2 A チーム鑑賞作品 鶴岡政男《重い手》」 「Day2 B チーム鑑賞作品 岡本信治郎《笑っちまったゴッホ》」 「Day2 C チーム鑑賞作品 横尾忠則《花嫁》」 18ページ みえる人とみえない人の「井戸端鑑賞」ーオリジナル音声ガイドをつくろう!に寄せて 「言葉のスポットで作品像を描く」 池尻豪介(注:似顔絵つき) 東京都現代美術館 事業推進課 教育普及係 学芸員・本企画担当 春のワークショップ2014は、鑑賞者の裾野を広げる取り組みとして、当館では初めての、目のみえる人とみえない人が共に楽しめる美術鑑賞をテーマに実施しました。 企画・指導の「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」の皆さんは、様々な美術館で、みえる人とみえない人が作品を前に語り合う鑑賞会を自主開催しているグループです。 目のみえないスタッフがナビゲーターとして参加者を先導し、会話を促していくという手法に特徴があります。 昨年から当館にも何度か足を運んで下さり、受け入れを担当したこともあって、代表の林さん、そして鄭さんに企画を相談しました。 皆さんには、障害の有無によらず楽しめるものにしたいという思いに共感いただき、企画づくりが始まりました。 林さん達からの提案は、視覚障害者のための音声ガイド制作。他に、鑑賞者の会話を記録して残してみたいという話もありました。 この2つのアイディアが結び付き、鑑賞時の音声を素材に、みえる人とみえない人の双方にとって役立つ、あるいは楽しめる「オリジナル音声ガイド」を編集するというプログラムになりました。 音声なら、みえる人もみえない人も一緒に聞きながら編集作業できる一方、参加者が技術面で煩わされることのないよう、音声編集オペレーターの配置が必要となります。 また、編集方法や手順も、目のみえない参加者が作業に付いていけるよう、目のみえないスタッフの皆さんの意見もいただきながら、直前まで入念な検討を重ねていきました。 さらに、参加者の中には、2名のきこえない方(聴覚障害のみ)もいました。支障なく参加できるようにプログラムをアレンジできないかと頭を悩ませましたが、結局、手話通訳と要約筆記という特別なサポートによって、何とか参加可能な環境を設定することができました。 ワークショップ後には、吹き出し型の字幕アニメーション動画を作成し、きこえない人も使えるよう、動画付き音声ガイドとすることにしました。 さて、今回の企画名「井戸端鑑賞」は、気軽に参加してもらえるように、井戸端会議をもじったオリジナルの名前です。 その名称の提案者であり、目のみえないスタッフの難波創太さんが、ワークショップ当日、「色々な人が、色々な角度から、言葉で作品にスポットを当ててくれるんです。」と語っていたのが印象的でした。 作品を囲む人が変わるごとに言葉のスポットも変わり、そのたびに異なる「作品像」が浮かび上がる。 こうして考えると、「井戸端鑑賞」は、気楽な井戸端の雑談に留まらず、気がつけば井戸の中に何か面白いものを見つけ、夢中になって皆で覗き込みながら、言葉のスポットを当てて、想像豊かに語り合っている。そんなイメージにも思えてきます。 結局、みえる人とみえない人に限らず、誰かと一緒に美術を鑑賞することの魅力とは、互いの見方を伝え合って、作品像を描くことのできる自由さ、なのではないでしょうか。 参加者が制作した6種類の音声ガイドも、各チームが描いた作品像が、実によく伝わるものになったと思います。   また、今回のワークショップは、美術館におけるアクセスプログラムの取り組みとも言えます。 美術館のアクセスプログラムとは、視覚に障害のある人をはじめ、美術館に縁遠いと思われがちな、しかし、美術館を利用する可能性のある全ての人を対象に行われるプログラムを指します。 障害の有無にかかわらず、「美術館が、何だか面白そうなことやっているな」と気軽に参加でき、そして、様々な対象者が、互いの垣根を飛び越えて共に活動できる、“面白い”アクセスプログラムを、今後も追求していきたいと思っています。 19ページ 「話し言葉の豊かさ」 林 建太(注:似顔絵つき) 視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ 代表 東京都現代美術館の教育普及係の池尻さんから「美術館主催のワークショップを一緒に考えませんか」と声をかけていただいたのが去年の8月頃。 見える人と見えない人が一緒に鑑賞し音声ガイドについて考えるワークショップが面白そうだと話した気がします。 最初に私がイメージしたのは「視覚障害者が美術館に来るための実用的な音声ガイドをつくる」というものでした。 それ自体は何ら間違ってないと思いますが、自分自身の思いや「すべき」という義務感が見え隠れしてワークショップとしては堅苦しいかなという気がしていました。 ワークショップのタイトルも決まらずウンウン唸っていた頃に、紙の端っこに書いて忘れかけていた「井戸端鑑賞」という力の抜けたタイトルを見た美術館の方々が「これがいい!」と面白がってくれました。 障害者も含めた誰もが面白いと思う場をつくるという当たり前のことから考えれば良かったのだ、と肩の力が抜ける思いがしました。 いざタイトルが決まってからは、参加者同士の雑談が自分たちの手で生き生きとした音声ガイドになっていく、そんなイメージが浮かび、そこからようやく「実用性」や「目的」は参加者自身が見出すのだという、このプログラムの方向性が見えてきました。 井戸端鑑賞では「見える人」「見えない人」「聞こえない人」が一緒に鑑賞するので、双方向の会話が大切です。 最初に参加者に伝えたのは「見えているものと見えていないものを言葉にしてみてください」ということ。 見えるものとは、作品の形状や大きさ、モチーフ、など目の前に見えているものです。 見えないものというのは参加者が抱いた印象や感情、思い描いたイメージなどです。 鑑賞中、ちょっとしたつぶやきが共感を呼ぶ様子、言葉にならない沈黙や間など、話し言葉ならではの面白さや難しさが随所にみられました。 音声の編集段階で参加者の皆さんが大事にしたのはこのライブ感や言葉にならない部分でした。 出来上がったオリジナル音声ガイドはいわゆる音声ガイドに比べて実用性は低いかもしれません。 しかしそこには自分たちが何を価値とするのかという意志や、自由気ままな物の見方など、6チームそれぞれが感じた楽しさが溢れていました。 結果的には視聴覚障害者のみならず、聴く人の想像が広がるユニークな情報が詰まったものになったと思います。 参加者の皆さんの豊かな話し言葉を聴くことは「見える」と「見えない」、「言葉」と「言葉にできないもの」の間に広がる無数のグラデーションをみるようでした。 今回のワークショップでは「見える人」「見えない人」「聞こえない人」様々な属性を持った方がおり、同じテーブルについて気軽に会話を交わすためにはある程度の準備や工夫が必要でした。美術館へ行くための誘導、リアルタイムの会話をするための手話、iphoneのアプリやパソコンによる要約筆記などです。場所や情報にアクセスする方法はそれぞれの障害に応じた方法があります。しかしそこから先、美術館で何を感じるかは属性に関わらず自由なのだと思います。何を見るのかは属性で括られるものではなくきっと一人一人が自分で見出していくものなのでしょう。美術館に新たな視点や言葉を持ち込むことで、たくさんの楽しみ方が生まれるのだと思います。 これからも行く先で居合わせた人たちとともに新たな楽しみを見出していきたいと思います。 20ページ ワークショップ 企画・指導:視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ 障害の有無にかかわらず、多様な背景を持つ人が集まり、ことばを交わしながら一緒に美術を鑑賞するワークショップグループ。 「みえる」「みえない」という様々な見方を持つ人同士が一緒になって新たな鑑賞の楽しみ方をつくることを目的とします。 都内近郊の美術館などを中心に、鑑賞ワークショップを定期開催しています。 公式Facebook ページ: http://www.facebook.com/kanshows 公式ブログ: http://kansho-ws.jugem.jp ワークショップデータ 東京都現代美術館 春のワークショップ2014 みえる人とみえない人の「井戸端鑑賞」―オリジナル音声ガイドをつくろう! 実施日時:2014年3月1日 土曜日、2日 日曜日《同内容で2回開催》各日10時30分から16時30分 参加人数:3月1日22名(うち介助者2名)、3月2日18名 記録展示:2014年3月15日 土曜日~30日 日曜日 館内ホワイエにて 企画・指導:視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ 林 建太(代表)、鄭 晶晶、大川和彦、難波創太、木下路徳 美術館スタッフ:池尻豪介(企画担当)、郷 泰典、岡本純子、大平友希子(インターン)、今飯田佳代子(インターン)、西岡 梢(アルバイト) 要約筆記・手話通訳:岡本夕生、真下弥生 写真撮影:中島佑輔 動画撮影・編集:鈴木啓介 音声編集オペレーター:長尾憲一 イラスト・デザイン:進士 遙 東京都現代美術館 春のワークショップ2014 記録集 みえる人とみえない人の「井戸端鑑賞」―オリジナル音声ガイドをつくろう! 編集:林 建太、鄭 晶晶、池尻豪介 イラスト・デザイン:進士 遙 写真:中島祐輔 発行日:2014年3月15日 発行者:東京都現代美術館 〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1 c2014 東京都現代美術館 無断転載禁止 背表紙 (注:イラスト。紙面の左下に寝そべるハーネスをつけた犬)