2024年03月25日(月)

「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」展関連プログラム 「アーティストによる手話通訳を介した鑑賞会」レポート

2024年127()の閉館後、「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」展の関連プログラムとして、手話通訳を介した鑑賞会が開催されました。本プログラムは、手話を主要なコミュニケーション手段とする方を対象とし、展覧会出品作家である豊嶋康子さんと展示室を巡り、参加者の皆さんと意見をかわしながら鑑賞するものです。今回は4名の方にご参加いただきました。

豊嶋展では550点ほどの作品が出品されていますが、鑑賞会では主に12種類の作品を巡りました。ここから、その様子の一部をご紹介いたします。

《ジグソーパズル》
 最初の展示室に入り目線を上げると、その先の壁には不思議な線が描かれています。

しばらく眺めていると、既製品のパズルのピースを一列に繋げていくことによって描き出された線であることに気が付きます。「全部で一つの作品?」「パズルピースの凹凸は、きちんとはまったの?」と参加者からの質問も飛び交います。豊嶋さんから、「一本の線を描くのがルール。そして壁の角にきたら折り返していきます。」と説明を受けながら鑑賞してみると、「人生みたい」とのコメントもあがりました。
「どうやって作っていくのですか?」という参加者からの質問には、「今回は2030cmくらいずつで組み立てたパーツを、展示室の中で組み合わせて完成させました。」という展示にまつわる裏話もお聞きすることができました。


《固定/分割》
 展示室を進んでいくと、閉じられたままのくす玉が複数展示されているエリアが始まります。

これらの作品は、出品された展覧会会期の終了後に、豊嶋さんがお一人で割ることになっています。そういったコンセプトを聞いたことで、参加者からの発言も増えていきます。

参加者 「これらのくす玉を開いた時には、どんな気持ちになりますか?」
豊嶋 「気分が良いですね。中身の流れ出るような落ち方も様々です。」

参加者 「(近くに展示している)映像ではくす玉の中身が見えているのに、実際の展示では見えない状態で展示する作品を制作する意味はどのようなものなのでしょう?」
豊嶋 「映像でくす玉の中身を見たり、流れ出方を確認することはできるけれど、いずれも実際に経験することはできない。そこが大事なところです。」

参加者 「くす玉ごとの違いは?」
豊嶋 「何でも良いということにしています。中に入っている紙テープと同じ素材で外側を装飾したり、他の作品の余りを使ったりと様々です。」


《描かれた人》
 新聞に掲載された容疑者の似顔絵をもとにしたコラージュ作品も展示されています。

正面から描かれた顔に頭髪部分を合成して後頭部にしているものですが、「容疑者なのに、後頭部だと意外と悪い人に見えない」との意見があがると、「確かに!」「そうだね」と賛同するように相槌も増えていきます。「作りながら、その人の背景を考えることにもなりましたね。」という豊嶋さんの発言にも、参加者の皆さんは大きく頷き、改めて作品として描かれた人物に向き合っていました。


《地動説2023》
 展示室の一角に、白く塗られた大きくて四角い木製パネルが二つ立ち並んでいます。よく見ると、パネルの中央には何やら円形のものも付いて見えます。

豊嶋さんからの声掛けで大きなパネルの裏側を覗きにいった参加者の皆さんは、何やら含み笑いで戻ってきました。パネルの裏には、豊嶋さんが草刈りのために実際に使用されている草刈り機が隠れていました。本来であれば円形の刈刃がはまっている部分に、木製パネルがはさまっていたのです。
理屈としてはパネルも回るのでは?という話題になると、想像を膨らませた参加者からは大きな笑いも起きていました。すると、「正面から見えている丸い部分は、普通は見えない部分ですよね。ものの裏側とも言える部分を表として見せているところも面白い。」という鋭い感想もありました。


《発生法2(表彰状コレクション)》

豊嶋さんがこれまでに受け取った多くの賞状が並んでいますが、その中に「身体障害者福祉のための児童生徒美術展覧会」での表彰状があります。それを見つけた参加者から、「その展覧会に出品したのは何故ですか?」との質問があがりました。それに対する豊嶋さんからの返答は、「学校の授業で描いたものが勝手に出されていたんです。」という赤裸々なものでした。それを聞いた参加者の皆さんも「なるほど!」「そういうこと、あるある!」と、自身の幼い頃の記憶を思い返しながら、和やかな雰囲気で鑑賞していました。
また豊嶋さんと同じく埼玉県ご出身の方は、埼玉県知事から贈られた賞状を指して「この、元埼玉県知事の名前が懐かしい」など、自身が持つ記憶や経験などと繋ぎ合わせながら、作品を鑑賞している様子が印象的でした。


鑑賞会の終盤では、展覧会自体への質問もあがりました。

参加者 「賞状や保険、通帳など、自分の情報をとてもオープンに開示していて驚いた。なぜそこまでするのですか?」
豊嶋 「自分が表現するために、草刈り機とか、保険とか、必ず他者を巻き込んでいる。それに対して、自分だけ守ってはいけないと思って。匿名で批判してはいけない、という感じです。」

参加者 「この美術館で手話に関するイベントがたまに行われていますが、例えば、作品や作家についてのお話を、手話通訳を介して学芸員と話すというスタイルが多い。作家が自ら来てお話されるのはとても珍しいこと。豊嶋さんがこういったことを企画する理由はありますか?」
豊嶋 「過去にもあったので、また是非続きたいなと思った。それが当たり前のことのような気がしたというのが理由です。」


「当たり前」という言葉に表れていたように、豊嶋さんは鑑賞会の間、通訳士とのコミュニケーションも取りつつ、参加者の方々に言葉が届いているかを確かめながら、丁寧に進行してくださっていました。そのおかげもあってか、豊嶋さんのお話には絶妙な間合いが生まれ、参加者が質問や感想を切り出しやすい雰囲気も生まれていました。実際に、鑑賞会が進むにつれ参加者からの発言が増えていったのは、とても印象的でした。終了時間が予定よりも30分ほど延長となってしまいましたが、参加者の満足度は高く「まだまだ話を聞きたい!」という声まであがったほどです。鑑賞会を終えた参加者からは、「あっという間!」「全然疲れていない、まだまだ大丈夫!」との言葉もいただきました。

また事後アンケートでは、参加者の皆さんから下記のような感想をいただきました。

「作家本人に直接質疑応答できたことは貴重な経験になったと思います。ちょっと贅沢すぎるといってもいいくらいでした。社会の中の制度や決まり事などに対して真正面からぶつかっていくのではなく、隙間から侵入していくゲリラ的(法の許容範囲内で)なアプローチを次々と編み出すユーモアかつエネルギッシュな仕事を楽しく拝見させてもらったという感じでした。」


「これまでは作品をただ見て『素敵な絵だな』『不思議な絵だな』と思うだけで帰ることが多かったのですが、アーティストと直接対話できたからこそ、作品の背景や意味,目的について深く知ることがとても良かったです。保険会社からの資料があったところや草刈機の後ろのところについてはアーティストの案内がないと通らなかったと思います。 作品を通してアーティストと繋がれたのはとても貴重な機会でした。」


作家とともに対話鑑賞できる機会というのは、あまり多くはないのかもしれません。それが情報保障のついた機会となれば、より数は少なくなるでしょう。しかし、作家本人から語られる言葉や醸し出される空気感など、その人間性に触れることは、理屈にはとどまらない作品理解を促すことにもなり得ます。異なりを持っていても多様な機会に参加していただけるよう、鑑賞環境を整える工夫を施しながら、今後も様々な機会を提供していければと思います。(M.A


関連展覧会(0件)

展覧会一覧を見る

関連イベント(0件)

イベント一覧を見る

MOTスタッフブログ