2022年02月11日(金)

Viva Video! 久保田成子展 オンライントーク 記録 Vol.1

「今なぜ久保田成子なのか Viva Video! x Liquid Reality」

2021年12月19日(日)10:30~11:45
開催概要:https://www.mot-art-museum.jp/events/2021/12/20211201153621/

記録
1.「Viva Video! 久保田成子展」について
濱田真由美(新潟県立近代美術館 主任学芸員)



2_「Shigeko Kubota: Liquid Reality」展について
エリカ・ペイパーニク・シミズ(ニューヨーク近代美術館 アソシエート・キュレーター)



3.久保田成子ヴィデオ・アート財団について
リア・ロビンソン(久保田成子ヴィデオ・アート財団 リサーチ&プログラム・ディレクター)

4.座談会:二つの展覧会について
「Shigeko Kubota: Liquid Reality」企画者:エリカ・ペイパーニク・シミズ
久保田成子ヴィデオ・アート財団:リア・ロビンソン
「Viva Video! 久保田成子展」企画者:濱田真由美、橋本梓(国立国際美術館 主任研究員)、西川美穂子(東京都現代美術館 学芸員)、由本みどり(ニュージャージー・シティ―大学准教授/ギャラリーディレクター)

座談会(要約)

____ 日米二つの展覧会を比較して、どう思いますか?

ペイパーニク・シミズ:同時に開催できたことで、幅広く、多面的に久保田の作品を検証でき、両展覧会がお互いに補完する関係を持てたことは素晴らしいと思います。MoMAでは、少しフォーカスを絞って、つまり久保田がいわゆるヴィデオ彫刻を始めた時期にアプローチしています。一方、より広範な視点で制作されているのが日本の展覧会ですね。このように、それぞれの展覧会の背景を伝えることは重要だと思います。MoMAでは、ヴィデオ彫刻同士のつながりを掘り下げることにより、ヴィデオ彫刻の意義を探りました。

ロビンソン:二つの展覧会のキュレーターチームが、それぞれ異なる視点から久保田の実践にアプローチしていることを興味深く見ていました。日本のチームは、パフォーマンスなども含む様々な彼女の実践を統合し、彼女の日記のようにその足跡を示した点が素晴らしいと思います。MoMAの方は、ヴィデオ彫刻に焦点を絞り、久保田の創造性が花開いた瞬間から、水など自然を取り入れていく移行期について深く知ることができます。実際に訪れることができないとしても、この二つの展覧会が異なる大陸間で同時に開催されていることで、世界中の観客が補完し合う展覧会に触れるチャンスがあるのは素晴らしいことです。

由本:MoMAでは、久保田の個展に入る前に、同時代に活動した他のアーティストたちの作品を見ることになります。これでやっと、久保田が同時代のアメリカ人、あるいは世界のアーティストと肩を並べて展示されたという感動を覚えました。展示は二つの部屋に分かれていて、そのコントラストが面白いのですが、《ナイアガラの滝》などランドスケープ的な作品が集められているギャラリーでは、テレビ局のNBCなど、マンハッタンの摩天楼を借景としていたり、湾曲した鏡を使った《ヴィデオ俳句》があったり、「Liquid Reality(液状の現実)」を象徴しているようで、とても印象的です。日本の「Viva Video!」の方は、資料も多く、アーティストの人生を最初から最後まで掘り起こすものになっていて、調査を頑張ってきた甲斐があると思っています。

橋本:《ナイアガラの滝》の展示はとくに、日本の3会場でもそれぞれ違う見え方をしていました。天井の高さや明るさの違いなどで、水面に映った映像の反射が違って見えるのです。ニューヨークでは外光が入る窓を背景に展示されていて面白いですね。実際、久保田自身が、展示のたびに、場所に合わせて様々な方法で展示していたことが調査の中でわかったのですが、今回、こうしたかたちでその違いを比較して見ることができました。
MoMAの展覧会は、久保田作品を現代においてどのように見ることができるかを考えさせてくれる内容だと思います。私たち日本のチームは、久保田の紹介がこれまでフルクサスの作家として、あるいはヴィデオ・アートの文脈においてと、断片的だったものを、一人のアーティストの全体的な仕事として、立体的に解釈できるようにしたいと考えました。展覧会で初めて、これまで知らなかった久保田成子というアーティスト像を知ることができたという感想をいただいています。日本でもアメリカでも、あるいはもっとグローバルに、久保田成子を美術史の中で位置づけ直すために、両展覧会が機能したのではと思います。

濱田:MoMAの展示が、久保田成子のヴィデオ彫刻をアメリカ彫刻の文脈に位置づけようとしているのが興味深いです。久保田が合板を使ったヴィデオ彫刻の木目の方向にこだわっていた点に着目し、木目とヴィデオの走査線の方向が一致していることを指摘するなど、各作品の詳細な分析でそのコンセプトを明示している点は非常にわかりやすかったですし、2つの展示室の対比など、作品の解釈と展示が有機的につながっていることに納得しました。《ナイアガラの滝》や《デュシャンピアナ:階段を降りる裸体》のように、日米の2つの展覧会で異なる展示を見せることによって、成子の作品の可変性やコンセプトの柔軟性を理解してもらえることは非常に意義があると思います。

_______MoMAの個展のタイトルの「Liquid Reality」にはどのような意味がこめられていますか?

ペイパーニク・シミズ:「Liquid Reality(液状の現実)」という概念は、久保田の作品の様々な面に表れています。まず、ヴィデオが常に変化する潜在性を持ったものであるということです。彼女がヴィデオを彫刻にしているというのも、その流動性によるものです。より広い概念としては、自由というのがあります。久保田はヴィデオという媒体を民主化しました。ヴィデオはすべてのアーティストにとって、男女の別に関わらず利用できるもので、特定の階層に限定されるものではないということを示したのです。彼女は自身を取り巻く環境をヴィデオに還元することで、視覚的に表現しました。彼女自身が日本からニューヨークに移ったように、別の場所へ移動するということも重要です。孤独などの感情をどこかに帰属させるように、行ったり来たりしながら統合していくのです。「Liquid Reality(液状の現実)」とは、そのような自由を意味するもので、彼女の考え方の一番の肝になっていたと思います。展覧会でそのようなことを表現したいと思いました。

西川:ヴィデオ・アートの特徴の一つとしても、液体のような流動性、すなわち常に変化していくということがあげられるでしょう。ヴィデオ・アートの展示にあたっては、再生機材などの変換といった作業が必要になります。このたびの2つの展覧会では、久保田成子ヴィデオ・アート財団が中心となり、大変な労力を割いて調整や修復の作業をされました。その過程においては、作品の持っている本質を変えることなく、柔軟な対応をしていくことも必要だということに気づかされました。展覧会を開催することは、ヴィデオ・アートの研究分野においても意味のあることで、その記録を残すことが重要だと思います。

_______観客の反応はどうでしょうか?

ペイパーニク・シミズ:久保田のことを知っていた人たちからは、画像イメージでしか見たことがなかった作品を実際に見ることができるのが素晴らしいという声を頂いています。そして、多くのアーティストが、待ちに待った展覧会だと言ってくれました。自分のインスピレーションの源となった久保田の作品の重要性がやっと認識されたと。ある程度予測していたことではありましたが、思った以上に幅広い層のアーティストが反応してくれたことは、大変嬉しいことです。
久保田のことを知らなかった方は、驚きを持ってご覧になっています。同じ階のほかの展示を見た後、それまでのようにオブジェを眺めるのとは異なり、動くヴィデオの作品があることに驚かれるようです。MoMAとしては、伝統的な語りを脱し、双方向的な物語を作っていこうとしているのですが、美術史の流れの中から、久保田のヴィデオ彫刻のような形式が生まれたその連続性が浮かび上がるのです。テレビを従来のコマーシャリズムから切り離したという点で、久保田のヴィデオの使い方は革新的でした。家電のような日用品を使った芸術的実験は、現在でも多くのアーティストが行っていることですが、久保田はその原点にいるのです。

西川:観客からの感想では、作品を身体ごと体験してくださっていることが伝わります。そのような鑑賞体験を引き出すことが、久保田のヴィデオ彫刻の魅力であり本質であると、展覧会を開催してみて、あらためて気づかされています。

______(視聴者からの質問)工業製品を使った久保田の作品で、大量生産・消費社会への批評は見られますか?

橋本:《河》でモニターを逆さにし、水に投影しているように、久保田は何かに映して像を複層化することを好みました。水の中にさらに鏡があるなど、一つのイメージを断片化し、有機的に動かし続けます。モニターを使用する時には、メーカーの名前を隠すように、テレビの機材を箱で覆いました。工業製品を見せることで大量消費社会について言及するのではなく、隠すことにより、意識的にテレビを彫刻に変容させ、その価値転換を行ったのではないでしょうか。

_______(視聴者からの質問)マス・コミュニケーションへの批判というカウンターカルチャーとの結びつきが見られる一方、久保田の作品が個人的な感情や経験を反映したものであるという点をどのように解釈しますか?

ペイパーニク・シミズ:まさに久保田のヴィデオ彫刻は、カウンターカルチャーと個人的なナラティブの両方を含んでいます。それが久保田の作品の興味深い点でもあります。彼女はヴィデオというメディウムについて、社会との関わりの中でその重要性を構造的に捉えていました。そして、そのツールを使い、個人的な経験や世界の中での自身の居場所を上手く織り交ぜました。テレビというメディアをそのように個人の経験の表現に用いること自体が、当時革新的なことだったと思います。《河》でテレビを逆さにし、反射しか見せないようにしたという態度はマスメディア批判であると同時に、この作品は自分の故郷新潟の信濃川を映し出したものでもあります。批評的要素に私的なものという対立項を組み合わせていることが、久保田の作品の独自性であると言えるでしょう。

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