オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説①プロローグ:ニーマイヤーの紹介と展示構成について
オスカー・ニーマイヤー展で今回展示している建築作品(10点)を中心に、会場構成をご担当いただいたSANAAの西沢立衛さんに展示室を周りながら解説いただいた内容を(聞き手:当館チーフキュレーター 長谷川祐子)ご紹介していきます。
(以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子)
①プロローグ:ニーマイヤーの紹介と展示構成について
H:最初の部屋には等身大のニーマイヤーがいます。160センチ、小柄ですね。写真があり、20代の頃から40代、晩年の頃まで、彼が愛したリオの写真と一緒に展示構成してあります。壁に書いてあるのは、映像でも彼自身語っている、曲線に関する彼の重要な言葉でして、それはある意味当時の近代建築、現代建築への批評でもあります。「私は曲線を故郷の山々や海の波、愛する女性の身体に見出す」という言葉なので、みなさんがイメージし易いように、彼がデザインし愛用した椅子も含めて展示をしています。彼の曲線について会場で最初に触れて頂きたいと思います。
それでは、西沢さんの方から会場デザインについて、よろしくお願いいたします。
N:数多いニーマイヤー建築の中から、今回の展覧会のために長谷川さんとアンドレ(駐日ブラジル)大使と議論しながら選んで、10点の建築作品を展示しました。どれも素晴らしい名作で、またニーマイヤーらしいものです。
展示の順序としては、時間順に並んでいます。パンプーリャにおける初期の作品から始まっています。パンプーリャというのはベロオリゾンチという街の郊外の小さな湖畔の街で、その後大統領になるクビチェックが当時パンプーリャで市長をしていました。オスカーはそこで仕事を始めるんですが、今回の展示はその最初期のパンプーリャから始まって、時間順に並んでいます。
ニーマイヤーは本当にいろんな建物を設計しました。小さいものから大きなものまで、建物の機能としても、住宅から国会議事堂まで、道路やトンネルまでつくっています。生涯に2000の建築を手がけたと言われていますが、ものすごい量です。またニーマイヤーはコラボレーションというのがすごく重要なウェイトを占めた人でした。色々な人々と一緒に作品をつくっているのですが、そうしたものも各作品を通して感じていただけるかと思います。
今回の展示が模型中心となっているのは、ひとつはやっぱり実施図面があまり現存していないためです。駐日ブラジル大使から聞いた話ですが、特にブラジリア首都建設の時代にニーマイヤーは現地に乗り込んで行って、インフラストラクチャーも満足にないようなところで図面をひいて、混乱状態のなかで建築をしていったそうで、その混乱の中でブラジリア建設とともに実施図面は消失してしまったとのことです。図面が少ないのは残念なことです。
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之
*展覧会ページはこちら *