2024年08月01日(木)

新井英夫さんと“からだを奏でる”ギャラリークルーズ

ギャラリークルーズ

今回のギャラリークルーズは、“身体”をテーマに、企画展「翻訳できない わたしの言葉」展参加作家の新井英夫さんをゲストにお迎えして「からだを奏でるギャラリークルーズ」を実施しました。【実施日 2024612日(水)】

新井英夫氏

これまで、小さなこどもから高齢者まで、そして障害の有無にかかわらず、様々な個性のある人と身体を介した数多くのワークショップを行ってきた新井さん。展示室では、身体と向き合うきっかけとなるような体験型のワークやプロジェクトが紹介されています。
本クルーズでは、最初に展示室で新井さんの作品を見たり、体験した後、広々とした会場へと移動し、身体を使った表現とコミュニケーションのワークを行いました。

平日の開催にも関わらず、多くのご応募をいただき、当日は特別支援学級・学校等の教員の方や障害のある人たちとの活動に関心のある方を中心に19名が参加しました。

展示室内に設けられたラウンジスペースで、挨拶と今日やることについてお話した後、展示室へと移動しました。

ここから《からだの声に耳をすます》と題された新井さんの作品鑑賞の様子をお伝えします。

◆「紙を奏でる」ワーク
好きな紙を選び、耳元でちぎってその音を楽しむというワーク。耳に近づけて、紙をちぎってみると、思いのほか大きな音が響きます。

  • 過去に参加した人たちが残した紙の山も

折り紙やお花紙、トレーシングペーパーといった厚みも質感も異なる紙を、ゆっくり、勢いよく、力を込めてなど特徴づけてちぎってみると、耳に届く音は大きく変化します。新井さんはこれを「演奏」と表現しています。演奏者は自分。聞き手も自分。耳の感覚が研ぎ澄まされるような体験に、参加者からは驚きの声が上がっていました。

◆「ゆらゆら水袋」のワーク
畳が敷かれた台の上で横になり、お腹の上に水袋を乗せます。水袋は身体の動きに反応して、ゆらゆら。自分の身体と水の動きとが呼応するかのようなワークです。

新井さんからは、「野口体操では、人間の身体を液体に例えていて、身体から力を抜くと揺れる、ということを知った。“温かくて、揺れる液体”というものは、緊張を解きほぐし、人を和ませる力がある。だからこのような作品が生まれた」といったお話がありました。
参加者からは「たしかに癒される。身体がほぐれると、気持ちもほぐれます」との声もあがっていました。

◆「鈴ジャケット」のワーク
身頃部分に複数の鈴がつけられたベストを身にまとい、その場でジャンプを5回。鈴はシャンシャンと大きく鳴り響きます。その次に、“鈴がならないように”10歩あるいてみます。

ベストのあちこちにつけられた鈴は、ちょっとした身体の動きにも反応してチリリと鳴ります。“鈴を鳴らさない”ことを意識するだけで、自然と身体の使い方も変わります。
ところどころで新井さんからの声掛けや説明を聞いたりしながら、参加者はそれぞれのペースで作品を体験・鑑賞しました。
20分ほどの鑑賞時間を経て、講堂へと会場を移します。

講堂を会場に身体を動かすワーク

荷物を置いて、靴も脱いで、開放的な状態になったら、“寝ニョロ”のワークからスタート!
二人一組になったら一人が横たわり、もう一人は相手の足をゆらゆらと揺らします。揺らすときのポイントは、揺らす側の人が「プルプル」と声に出しながらやること。「プルプル」を「ブルン」に変えると、不思議と揺らし方も変わります。参加者からは、「結構言葉と共鳴する!」との声も。

身体をほぐす“寝ニョロ”のワーク

先の展示室には、水袋をお腹の上に載せ、身体と水袋とが連動するような体験型の作品がありましたが、今度は自分の身体が“水袋”になったかのようです。一見するとマッサージ大会のようにも見えますが、身体を柔らかく使うための導入のようなワークです。

次に、新聞紙を用いたワークを行います。一人が新聞紙を持ち、もう一人はその新聞紙の動きを身体でやってみる(=自分が新聞紙になったかのように動く)というワーク。
新聞紙を静かにゆらゆらと動かしたり、折り曲げたり、ぐしゃっとさせたり、空中に放ったりと、新聞紙を持つ人は、様々な方法で新聞紙を操ります。相手は、その動きを自分なりに解釈して、身体を動かします。新聞紙の動きがきっかけとなることで、思いもよらぬ動きが創出されていきます。

新聞紙の動きをよく見て身体で表現

二人一組で始まった新聞紙のワークは、4人一組、8人一組と、次第に参加人数を増やしていきます。新聞紙を持つ人同士、動く人同士の間にも、新たなコミュニケーションが生まれ、複雑な動きが生まれていきました。ところどころで新井さんからの声がけも。
身体を動かす際には、新井さんとアシスタントを務めた板坂記代子さんによる、ベルや打楽器などを用いた即興の音も加わり、身体を伸びやかに使う後押しをするかのような空間となっていました。

  • 即興の音にあわせて身体を動かす場面も

  • 4人一組になって

最後は8人一組で!

「最後はオブジェを作ります!」との新井さんの声掛けを受けて、全員でポーズしてフィニッシュ!

参加者は一切言葉を発さずに身体でコミュニケーションをとっていくため、互いの気配や視線、動きなどを敏感に察知しながら動きます。

その後、いくつかのワークを挟みつつ、最後は鈴を用いた音と動きの表現のワーク。
一人4個ずつ鈴を持ち、鈴の音の出し方をリレーしていきます。ある人は、右手を大きく揺らして鈴を鳴らし、またある人は、一つだけ持ち上げて小さく鳴らします。さらに、足の裏を使って音を出したり、響きを抑え込むように鈴を握りしめて鈍い音を出したり、掌で転がして鈴の響きを出したりと、様々な方法で鈴を鳴らしていきました。鈴を鳴らすためには、その動きも真似する必要があります。

鈴の音をリレーしていきます

鈴のリレーを通じて、多種多様な鈴の鳴らし方と向き合った後は、6~7人でのグループワークです。ホワイトボードが運ばれると、そこには5首の俳句が書かれています。
例えば「古池や蛙飛び込む水の音」「閑さや岩にしみ入る蝉の声」など、いずれも音が取り入れられていたり、音を想像するような内容です。くじ引きで引き当てた俳句を、言葉は一切発さずに、鈴を使った動きだけで表現する、というワーク。グループでの創作タイムは約10分。「観客側がどのような状態で聞くかも考えるように」と新井さん。

  • 創作の様子

完成した表現をグループごとに発表。2度にわたって行われた発表の最初は、目を閉じて、鈴の音やそれを鳴らす人々の身体の気配に耳を澄ませ、その次は、発表者たちの身体の動かし方も見ながら鈴俳句の内容を想像しました。

あるグループは、観客に外側を向いて車座になってもらい、鈴で表現する側は、周囲から中央に向かって音を響かせます。最後に一人が中央に鈴を投げ込んでフィニッシュ!

発表の様子

最後に“答え合わせ”もしましたが、「当たっても当たらなくてもそこは問題なし。表現そのものを味わって」と新井さん。
鈴だけを使った表現にも関わらず、グループごとに全く個性の異なる豊かな表現が生まれていました。
新井さんのワークでは、ちょっとした“もの”を取り入れ、それをきっかけに多様な感覚を意識して身体を動かします。音を鳴らすための身体の使い方も、鈴の表現に大きく影響します。鈴がきっかけとなり、身体の豊かな表現へとつながっていることが伝わってくるものでした。

身体から力を抜くことから始まった後半のワークは、いずれも身近な“もの”を取り入れていること、そして、身体を介したコミュニケーションがポイントでした。
展示室での新井さんの作品鑑賞から始まり、実際に身体と向き合うことを通じて、自分ひとりでは創出されない動きと出会えたのではないでしょうか。

参加者の中には、特別支援学級での教育に携わってきた方やご家族に障害のある方もいらっしゃり、「障害のある子どもたちにも参加してほしいと思った」「気持ちを言語化させることばかり考えていた自分を反省した。自分を開いて表現し、伝え合い、つながることはどんな子、どんな人にもできるのだと感じた」といった感想も寄せられました。

最後に新井さんからのコメントをご紹介します。

赤ちゃんでもお年寄りでも、元気いっぱいでもそうでなかったとしても、病気や障害があったとしてもなかったとしても…、どんなヒトにも「遊び」が必要なんだ!と私は思っています。「遊び」について私なりに2つの解釈があります。目的や効果をあらかじめ考えずに、楽しいから・ワクワクするから夢中になってやってしまう動的行為としての「遊び=play」。もう一つは「ハンドルのあそび・ドアの蝶番のあそび」のように、余裕や余白や隙間…というという静的意味、それがあるから全体は結果としてうまくいくみたいな。生産性・効率性・コスパ重視…社会は放っておくと「遊び」とは逆の方向に行きがち。それでいいの?と私は感じるのです。ギャラリークルーズのこの日は年齢や立場を飛び越えて皆さんが本気で「からだを奏でる”遊び”」に取り組んでくださいました。美術館がみんなが自ら「遊び」を発明・発見する場になった!私自身も本当に楽しかったです!お集まりいただいた皆様・スタッフの皆様に改めて深く感謝申し上げます。  ―新井英夫

プログラムはこれで終わりでしたが、実施後に新井さんと板坂さんから「子どもたちとのワークショップでラストのセレモニーとしてよくやっていた…」という”風のじゅうたん”という体験のプレゼントもありました!
薄いポリ幕が運んでくる風に包まれるような体験に、参加者からは大きな歓声が上がっていました。(A.T)

“風のじゅうたん”を体験

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