2024年03月25日(月)

ワークショップ2023「時を超えて出会う 自分だけの石(カタチ)」

ワークショップ

2023年10月28日(土)、29日(日)の2日間、彫刻家の佐野藍さんを講師にお迎えしたワークショップ「時を超えて出会う 自分だけの石(カタチ)」を実施しました。1日目は小学生とその保護者のペア、2日目は中学生以上の方々にご参加いただきました。

私たちの日常の中、いたるところに存在している石。そんな石をよく観察してみると、それぞれが豊かな個性を内包していることに気付きます。日頃から大理石での彫刻作品を制作している佐野さんとともに、石をよく観察したり、実際に削る体験などを通して、石という素材が持つ多様な表情の変化を多角的に味わうことを試みました。ここから、当日の様子をお伝えします。

  • 佐野藍氏

プログラムが始まると、さっそく佐野さんから一つの問いかけがありました。
「会社や学校へ行く時、日常的に石を見かける機会は多いと思いますが、身近なところではどういったところで石を見かけますか?」

参加者の皆さんは、辺りを見回したり考えを巡らせていましたが、しばらくするとポツポツと言葉が出てきました。

「(美術館の建物を指しながら)そこの壁も石ですか?」
「道端や公園とかに落ちているかな。」
「置物とかにもなっている?」

そうした発言を受けた佐野さんは、次のようにコメントされました。「意外と皆さんの生活の中、身近なところでも見かけることは多いと思いますが、自分で形を変えてみたいと思っても硬いですよね?身近なようでいて、少しハードルが高いようで…というような、不思議な存在なのではないかと思います。かつての私もそういった感覚の一人で、石って憧れるけど取っ付きづらいな、という気持ちを持っていました。けれども、今こうして石彫の彫刻家をやっています。」

続けて、佐野さんから自己紹介がありました。石彫に出会った学生時代のことから、学生を終えた後に石彫家として生きていくための環境づくり、現在のアトリエの様子、粗取りのために大理石の塊を割る作業の様子など、今に至るまでのお話を時系列で伺うことができました。

さらに、佐野さんが石彫を制作している理由についても、次のようなお話がありました。

「小さい頃から物凄く絵を描くのが好きでした。大学2年生の時に、自分が描いた龍の絵を先生に見せたら『これは石で彫れるよ』と言われたんです。『こんなものが石で彫れるなんて』と当時の私は思いました。なぜなら、石ってとても硬いし重たい。自分たちのように柔らかい存在が、こんなにも強そうなもので形を作ったり、自分の思い通りにできるなんて到底思えなかったからです。けれども先生に『石で彫れるよ』と後押しをしてもらって自分の石彫生活がスタートしました。」

徐々に石という存在に対して意識が向いてきたところで、石材が多く使用されている当館の建物の中で、実際の石を観察してみることにしました。まずは、地下1Fの空間に広がる「水と石のプロムナード」へと向かいます。移動中も、床やスロープに使われている石を確認しながら進んでいきます。

参加者からは、「こういった趣旨のプログラムに参加していなければ、この通り道も単に通り過ぎるだけだったと思う。石を探そうと思っているから、こんなにも石だらけだということに気が付きますね。」という言葉も聞かれました。

手で触れる感触だけでなく、靴を通してでも伝わる足裏の感触、視覚的な発見、石に囲まれた空間に身を置いた時の印象など、普段は眠っている感覚が少しずつ開かれているようです。

プロムナードに到着し、視覚のみならず手の触覚も使いながらよく観察してみます。表面に残る工具の痕や、陽が当たっている部分と影の部分とで生じる温度感の違い、粒子の粗さ、水に濡れている部分の色味の違いなど、改めて観察してみると、石肌からでも様々な異なりがあることに気付かされます。また、大きなブロックをどうやって運んできたのか、きれいに切り出すためにはどうしたら良いのかなど、少しずつ想像も広がっていくようです。

プロムナードでの観察を終えたら、中庭(1F屋外)へと移動します。プロムナードでの観察と比べ、こちらでは建材として用いられている様相をより観察することができました。同時に、多くの欠片を手に取ることもでき、様々なスケール感の中で石の多様性を実感することができたようです。

存分に観察を終えたら、講堂に戻り、観察してきた石のことを振り返りながら、佐野さんの彫刻で使用されている石についても教えていただきました。

「美術館の中で石がどのように使われているか、どういう肌触りがあるのか、皆さんじっくり肌で感じたり目で見たりして体感したと思います。今、観察してきた石は花崗岩という種類で、日本の雨や風にとても強い硬い石です。なのでよく外壁に使われたりとか、雨風に曝されても大丈夫なところに使われることが多いです。一方、私が作品で使っている石は大理石という種類で、建物の内装などに使われることが多いです。産地によって模様や色の種類も豊富です。石の中でも軟石と呼ばれる柔らかい石の種類に分類され、加工性が良くて人間の手で削りやすいため、細やかな表現も生み出します。滑らかな曲線や肌合いを出すのにとても向いている石です。」

大理石の特性を聞いたうえで、佐野さんが制作された大理石彫刻6点を鑑賞します。単色であることの多い大理石彫刻は、光と影の効果によって造形の見え方が大きく変化するため、実際に照明を当てながら印象の変化も確かめました。

さらに、今回は特別に触りながらの鑑賞もさせていただくことができました。佐野さんの作品は、生き物(空想上のものを含む)をモチーフとしています。両手で包むように持ち上げた参加者からは「ずっしりとした重みが伝わってきて、命ある本物の生き物みたい。」という感想があがったり、表面を触りながら「部位によってマットな感じだったり、つるつるしていたりする。質感が違うことで、より本物に近い印象になる気がする!」というような感想があがっていました。触覚から受ける印象は、視覚的な印象をさらに深めるものにもなるようです。

視覚と触覚を活用しながらじっくりと鑑賞をし終えたら、ここからは参加者の皆さん自身が大理石で作品を制作する時間です。

その前に、佐野さんが制作をする際に使用している電動工具も紹介してくださいました。10kgほどの重さがあり、自重を使ってゆっくり掘り進んでいく「ハンマードリル」や、円盤状の部分についている刃で石を切ったり削ったり表面を滑らかにすることのできる「グラインダー」など、普段はあまり目にすることのない工具に、参加者の皆さんも興味津々の様子。

しかし、参加者の皆さんが使用するのは、もっと扱いやすいヤスリです。ダイヤモンドヤスリと布ヤスリ、紙ヤスリを使って大理石の形を変えていきます。

まずは、山積みになった大理石の欠片の中から一つ、自分の好きな欠片を選びます。サイズや形状、色、石肌の風合い、粒子の粗さなど、欠片によって違いは様々。参加者の皆さんは一つ一つをよく吟味し、自分の石を選び取っていました。

佐野さんからのアドバイスも受けながら、複数種類のヤスリを駆使してもとの形に手を加えていきます。自分が理想とする形を目指すべくゴリゴリ削って形を変えることに挑戦したり、反対にもとの形を活かしながら表面の質感を変化させることに注力したりと、石との向き合い方にも参加者ごとの個性が表れます。時折、デスクライトで光を当てながら影の出方を確認する様子も。

また、石本来の質感を表出させるために、もともと滑らかに削られていた面の一部を割ることに挑戦する人も現れ始めます。佐野さんにサポートしていただきながら、鑿(のみ)で狙いを定めて石頭(せっとう:石材業界で使われているハンマー)で力を込めます。キラキラとした粒子が表出すると、すかさず状態を確認し、満足気な様子でヤスリの作業に戻る様子は職人のようでもありました。

自分だけの形が仕上がってきたら、佐野さんが今回のために準備してくださったオリジナルのアクリル台座に展示をします。展示をするために、「自分なりの正面」を決めてみるのも貴重な体験です。さらに、デスクライトを使って照明の工夫も施しました。そうして悩みながらも展示作業が完了したら、互いの表現を鑑賞して回りました。

全員の作品を鑑賞したところで、最後に佐野さんから、「皆さん、自分が選んだ石に対して、自分の意志を持って体を動かしながら形を変えていき、その人だけの石の作品が出来上がったなと、逆にインスピレーションをいただいた気持ちでいます。今後、石に対する見え方なども変わってくると思うので、これで終わりではなく、お散歩したりする時に少し石のこと気にかけてみたり、引き続き大理石を削ったりしてみていただけたら。」との一連の活動に対するコメントを受けて、ワークショップは終了しました。

終了後には、参加者の皆さんが仕上げられた「自分だけの石(カタチ)」の画像を掲載した記録冊子を作成しました。
記録冊子は下記リンクよりご覧いただくことができます。(※禁無断複製・転載)
 ⇒ 記録冊子は こちら


終了後のアンケートには、参加者の皆さんから以下のような感想が寄せられました。(抜粋)

  • 「初めて石を削りましたが、娘もとても楽しんでいました。美術館内の様々な石を触った後に、実際に石を削るという工程も大変良かったです。」
  • 「大人になると、自分のためだけの時間を持つことは難しくなるものですが、美術館で過ごす時間、そしてこの様な稀有な石のワークショップでの時間は、本当に自分のためだけに無心になれる時間となりました。」
  • 「普段見ているようで見ていなかった周囲にある石の表情の違いを、テクニカルな面と触り心地のような感性の面から解説してもらえたことで、新しい見方を獲得できた気がした。」
  • 「実際に作品にしていくために石を観察しながら手を動かすと、この形を活かしたい、この色を活かしたいという思いが出て来、これが素材を生かしながら作るということなのかと、少し分かった気がした。」
  • 「他の参加者の作品を見たことも、人の感性の違いを実感できて、みんなバラバラでいいなと思えた。」


「石」を切り口として多角的な活動を行った今回のワークショップ。自らの中にある様々な感覚をひらく機会にもなったのではないでしょうか。感覚がひらかれたら、何気ない日常の景色も違ったものに感じられるかもしれません。それぞれの見方で、感じ方で、この世界を捉えていくことができるようなきっかけに、この機会がなっていれば嬉しく思います。(M.A


講師:佐野藍(彫刻家)
記録撮影:縣健司
印刷物デザイン:小倉有加里

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