2023年03月29日(水)

ワークショップ2022「金属を作品に変える旅」

ワークショップ

11月5日(土)、6日(日)の2日間、彫刻家の勝木杏吏さんを講師にお迎えしたワークショップ「金属を作品に変える旅」を実施しました。1日目は小学生とその保護者のペア、2日目は中学生以上を対象とし、両日でそれぞれ8組/8名が参加されました。

勝木さんは、日頃から金属素材を使って彫刻作品を制作しています。そんな勝木さんとともに、私たちの身の周りに多く存在している金属素材に改めて注目し、美術館の中にある金属作品を鑑賞したり、実際に金属を磨く体験などを通して、同じ素材が持つ表情の変化を体感することを試みました。

  • 勝木杏吏氏

初めに、勝木さんが抽象彫刻の道に進んだ経緯などについて自己紹介がありました。学生時代に取り組まれていた具象彫刻から近年の抽象彫刻までの変遷を辿り、「(抽象彫刻に対して)鑑賞者によって感じることや捉え方が違うこと、磨くと光る金属にその場の景色や鑑賞者が映り込むことに面白さを感じました。自分が作品を作るときにも、作品と鑑賞者との間で対話が生まれるように意識しています」とのコメントがありました。

また、近年注力されている“藍染シリーズ”と呼ばれる青い鉄の抽象作品については、「台座や額縁がないので人が作品に入り込んでしまうところも魅力。人との境界線がなく同じ空間に一緒にあるというのが好きで、人が見ている様まで作品の一部のように感じられるところがこだわりでもあり、大事にしているポイントです」との紹介もありました。

火の粉を散らしながらの制作中の様子も写真付きで紹介がありました。溶断した金属の断面や、金属同士の溶接の状態などは、参加者にとってインパクトがあったようです。

続いて、勝木さんから「金属、何が思い浮かびますか?」との問いかけが。参加者の皆さんは身近な金属を思い浮かべて紙に書き出し、金属でできたものや物質そのものの感触など、様々に考えを巡らせていきます。

金属の種類(アルミニウム、銅、鉄、ステンレス)と特徴の説明があった後、参加者の机に配布してあったミニバッグの中を見るよう勝木さんからの指示がありました。バッグの中を覗いてみると、そこにはキラキラと光る小さな青いものが!実は、この企画のために勝木さんが制作してくださった鉄の作品が入っていたのです。

そっと手にのせて、しばらく重みや質感を確かめてみます。鏡のような表面に、ひんやりとした温度感。こどもの手にも乗るほど小ぶりなサイズでありながら、しっかりとした重みを感じる物質感に、皆さんの心は一瞬にして奪われているようでした。

勝木さんの作品を十分に堪能したら、この青い作品を連れて当館の金属作品の鑑賞へと向かいます。まず鑑賞したのは、アンソニー・カロ《発見の塔》。鋼(鉄の合金)で作られた、とても背の高い彫刻作品です。少し離れたところから全体を眺めた後、近づいて細部までよく観察します。

当館スタッフの案内で内部に登って目線を変えながら観察をしたり、勝木さんの作品をそっと近づけて厚みの違いを確かめる姿も。また、親子や参加者同士で話すことで多角的な視点に気付き、鑑賞が一層深まっていく様子も見受けられました。

一方、勝木さんの発言には日常的に素材と向き合っている作家ならではの視点が詰まっています。

「この厚みの鉄だと、このくらいの面積で△gだから、全体では◇kgくらいかな?」
「私だったら、この部分の溶接の跡を隠すと思うけれど、見える状態で残しているのは何故なのかが不思議。作家にはどんな考えがあったのだろう。」

こういった発言を受けて、参加者の皆さんからも様々な意見が飛び交います。

じっくり鑑賞したところで、リチャード・ディーコン《カタツムリのように B》へ場所を移します。この作品は《発見の塔》と同じ鋼に加え、アルミニウムも使用されている作品です。素材ごとの印象の違いなどにも意識を向けながら、いろいろな場所から観察します。

こちらでも勝木さんならではの視点が!

「パイプ状なのか中身が詰まっているのか、どう思いますか?自分が作ることを考えればパイプのように見えるけれど、高熱を加えて曲げた時に現れる跡が見えるので中が詰まっているのかもしれない。」

これをきっかけに改めて細部に注目し、再び活発な対話が生まれていきました。

存分に作品を鑑賞した後は、講堂に戻り、今度は参加者の皆さん自身が金属(アルミ)を磨く時間です。
複数あるアルミの中から一人一つ、自分の好きな形を選びます。このアルミは勝木さんが水溜まりをイメージして、一つ一つ切り出してくださったもの。同じ形は他にない、このワークショップだけの特別仕様です!直観的に即座に選んだ方もいれば、じっくり熟考したうえで選び取る方も。選ぶ姿にも、それぞれの個性が表れていました。

磨き作業の説明を受けたら、まずは紙ヤスリ(主に#80010002000)を使って段階的に水磨きをしていきます。勝木さんからは、「色々な方向からの傷がつくのがきれいに光るコツ。真ん中は手が入りやすいので、端の方に意識を向けて磨くとまんべんなくきれいに光ります」とのアドバイスがありました。部屋の中にはシャカシャカシャカ…という磨きの音が静かに響いています。「手が疲れた~」という声も聞かれましたが、一休みしながら皆さんは黙々と作業を続けていきました。

水磨きを続け表面の風合いが変わってきたら、今度はウエスを使い研磨剤でさらに磨いて鏡面に仕上げていきます。

勝木さんも作業のサポートに入りながら、参加者の皆さんとコミュニケーションを取られていました。

アルミの表面が鏡のようになってきたところで鑑賞の時間です。参加者が磨いたアルミ作品を並べ、それらの表情の違いを見比べながら、約1時間磨き続けた成果を全員で鑑賞しました。磨く前は曇っていた表面が、今や自分たちの顔が映るほどピカピカになった様子に、参加者の皆さんは達成感や喜びが入り混じったような晴れやかな表情をされていました。自らが手を動かすことで素材に変化が見られることは、年齢に関係なく作業のモチベーションとなっていたようです。各々がピカピカになったアルミの作品を手に乗せて、愛おしそうに見つめている姿はとても印象的でした。

<小学生の感想>

  • 「手が疲れた」
  • 「ヤスリの段階でも顔が映っていた」
  • 「鏡のようになった」
  • 「はじめは手が疲れたけど、だんだん顔が映ってきたら楽しくなってきた」
  • 「だんだん鏡になってきて嬉しかった」

<大人の感想>

  • 「時間配分や、決められた時間内でやるのが大変だった」
  • 「鏡面には日頃接してはいたが、どれだけの労力がかかっているかは意識していなかった」
  • 「家のシンクを磨いている気分」
  • 「きれいになっていくのが目に見えて分かるのが楽しい。同じ作業を続けるのが好きだと気付いた」

最後に勝木さんから、「デジタル化している時代の中では実感のある体験が減ってきていると思うけれど、今日は、私の作品と美術館にある屋外作品を触りながら鑑賞したり、実際に手で磨くという、美術館でしかできない実感のある鑑賞体験ができたのではないかなと思います」とのコメントがあり、この日の活動は終了しました。

しかし、今回のワークショップはここでは終わりません。美術館の中で得た経験が参加者の日常空間にまで繋がっていくことを願って、帰宅後に各自で取り組んでいただく宿題をお願いしました。

「勝木さんの作品とワークショップ中に磨いた作品を、あなたの生活空間や、お気に入りの場所に連れて行き、あなたなりの展示をしてください。」

その風景を写真に撮り、タイトルとコメントを付けたものを、後日当館にメールでお送りいただきました。この成果をまとめた記録冊子をもって、本ワークショップは終了となりました。

記録冊子は下記リンクよりご覧いただくことができます。(※禁無断複製・転載)
 ⇒ 記録冊子は こちら

また、冊子に掲載しきれなかった参加者の取り組み写真もご紹介いたしますので、冊子とあわせてご覧ください。
 ⇒ 参加者の皆さんの取り組みは こちら


終了後のアンケートには、参加者の皆さんから以下のような感想が寄せられました。(抜粋)

  • 「実際に鉄の美術作品を見比べ、触り比べられたところが美術館のワークショップならではだと思いました。作品の鑑賞と、作品の制作の両方が体験できるという相乗効果で、後々まで印象に残るワークショップだったと思います。」
  • 「みんなで鑑賞するというのは、娘と2人で鑑賞するのと違って色々な感想が出て、面白かったです。」
  • 「作家さんを交えての作品鑑賞会が面白かったですね。作り手目線の作品に対する考え方が聞けるのがよかったです。」
  • 「硬い重い綺麗など漠然としたイメージしかなかった金属に対して一歩踏み込むことができ、鑑賞側製作側、どちらをとっても金属作品というものを少し身近に感じられるようになりました。」
  • 「終了後2日後くらいまでしっかりと手を動かした感覚が残っており、手を使うたびにワークショップのことを思い出していました。今回のワークショップのコンセプトの一つである作品を日常空間に持って帰ることで、自分の作品が変化し生活や日常に彩りや楽しみが増えていくのだと思うととても楽しみです。」


今回のワークショップは、一連の多様な体験の中で、金属という素材のことを多角的に捉えることのできる機会になったのではないでしょうか。今後、作品と向き合う際に、一素材が作品となっていく過程にも思いを馳せるきっかけとなれば幸いです。(M.A


講師:勝木杏吏(彫刻家)
記録撮影:森田直樹(Studio Jugaad
印刷物デザイン:北川正(Kitagawa Design Office

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