アーティストの1日学校訪問(潘逸舟さん)レポート1
当館の所蔵作家が、都内の学校を訪問して授業を行う「アーティストの1日学校訪問」。令和4年度は美術家の潘逸舟(ハン・イシュ)さんとともに、小学校4校、中学校1校、高校1校の計6校を訪問しました。
今回の訪問授業では、「自己を見つめることと表現」という授業テーマのもと、事前に考えた授業案をご用意していましたが、各校での教員との打合せを受けて、潘さんがすべての学校でオリジナルの授業を考えてくださいました。どのような授業が行われたか、各校での様子をご紹介します。
【1校目】2022年11月14日(月) 都立葛飾総合高校 高校2年生 13人
授業タイトル:「自分が思う一番下手な絵を描いてみる」
都立葛飾総合高校では、美術コースの生徒さんたちを対象に実施しました。
美大に進学する生徒も多く、普段は静物デッサンや人物クロッキー、風景スケッチをもとにした油彩画制作などに取り組んでいるという話を受けて、潘さんが考えたのは「自分が思う一番下手な絵を描いてみる」というワーク。
例えば、描画技術があれば対象を忠実に再現するなど”上手に描く”ことはできますが、“下手な絵”には基準がありません。そのため、下手な絵を教えることもできません。自分が思う“下手な絵”を描くことを通して、それぞれの中に眠っている美学を発見することを試み、いつもの授業で行っている作品制作について再考する、という趣旨です。
学校訪問当日は、最初に、潘さんからご自身の作品紹介や制作に向けて考えていることなどの紹介がありました。その後、いよいよ今日の授業で取り組むことの説明です。「画用紙などを支持体に、絵具やカラーインク、クレヨンや色鉛筆などを使って“下手な絵”を描いてください。でも、支持体は紙にこだわらなくても良いです」という潘さんのお話を受けて制作スタート。
制作が始まると、戸惑うことなく、自分なりの方法で描き進めていく生徒さんたち。
紙をクシャっとさせてから描いたり、バラバラにちぎった紙をつなぎ合わせて描いたり、描き始める前の紙にも加工を施す人も。普段の授業では使わないような描画材も使いながら、“下手な絵”を描き進めていきます。
抽象的に表現していく人もいれば、具体的にものや人の姿を描いていく人も。
2枚目、3枚目と数を重ねて描き進めていきます。
約1時間の制作時間を経て、完成した作品をみんなで鑑賞しました。自分の絵のどこが“下手な絵”だと思ったかを一人ずつ話してもらいました。
「小学校時代を思い出して描いた」、「自分が描いた絵が下手だと思うと、丸めて捨ててしまうことが多いから、そんなことを意識して描いた」、「いつものように真ん中に描くのではなく、画面の端の方に作り笑いをしている絵を描いた」など、理由は人それぞれで、“下手な絵”に対する様々なイメージが伝わってきます。
最後に潘さんから、「今回やってみて、これだけ“下手な絵”が集まると原点に返るということが分かった。それぞれに色々と工夫していて面白いし、やればやるほど上手く見えてくる。下手な絵には基準がないだけに、人によってはとても良い絵に見えたりする。実は下手な絵なんて何ひとつないのです。この授業を通して、自分がなぜ美術をやろうと思ったか、といったことを考えるきっかけになればと思います」とのお話がありました。
【2校目】2022年12月5日(月) 東京シューレ葛飾中学校 中学1~3年生 25人
授業タイトル:「美術の中に自分の場所をみつける」
東京シューレ葛飾中学校は、学校外の子どもの居場所として始まったフリースクールが母体の不登校経験者を対象とした私立中学校です。
授業に先立ち行った教員との事前打合せでは、普段から生徒一人ひとりの関心に応じて、自由な表現手段で創作に取り組んでいることを伺いました。そのお話を受けて潘さんが考えたのは、「美術の中に自分の居場所をみつける」と題した作品作りです。
例えば、《モナ・リザ》の手が自分の手になっている、風景画の中に自分の家をコラージュする、名画の中の人物になりきってみるなど、自分自身で自由に設定を考え、絵の中に“自分がどのように存在するか”を表現します。必ずしも平面的な絵の中に表現する必要はありません。名画の中の人物にコスプレしても良し、自分が大切にしているものに置き換えて、それを作品の中に存在させても良し、バーチャルな世界に表現しても良し。“自分の居場所”をどのように設定し、表現するかはその人次第。
事前に学校にあるアートカードや教科書などの中から表現したい作品を一人ずつ選び、当日に向けてイメージを広げておいてもらいました。
当日は、潘さんの自己紹介からスタート。高校生の頃に描いた自画像から、現在に至るまでの作品を紹介します。中には、潘さん自身が「自由の女神」に扮し、涅槃像のポーズをとる映像作品も。自分の身体も表現するための道具です。
「作ることは考えることだと思っている。考えることは表現の第一歩。生活する中で気づいたことや感じた違和感をもとに自分は作品を作っている」といった潘さんの話に、生徒たちは真剣に聞き入っていました。
制作開始! 生徒たちによって選ばれた作品をA3サイズ程度に印刷。それぞれ好きな画像を選び、表現していきます。
最初は探り探り進める様子も見受けられましたが、次第に自分なりの方法をみつけていきます。
制作時間中、おもむろに潘さんが始めたのは、自分の顔をカンヴァスにした点描画。ボディペインティング用の絵具を使って顔に描いていきます。実は実施場所となった会場には、東京シューレ葛飾中学校ができる以前からこの場所にあったという作者不明の点描画作品が3点展示されています。
自分自身がその絵のようになってしまおう!という試みです。紙の上に留まらない表現がその場で繰り広げられていきます。
そんな潘さんの様子を受けて、自分もやってみたい!という生徒さんが現れました。
しかし、彼のボディペインティングの進め方はちょっと違います。自分では一筆も描かず、すべて友達や先生にペイントしてもらう、というこだわりが!
最後に完成した作品の鑑賞会を行いました。一人一言ずつ、どんな作品か紹介してもらいました。
クロード・モネによる睡蓮の絵には、ポットとカップに入ったお茶が描き加えられ、居心地の良さそうな絵が出来上がりました。
フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》が雑誌に載っていることをイメージして作られた作品。
それぞれが思う“居場所”が出来上がりました。
最後に潘さんから「自分が生きている時間の延長線上に表現がある。どんどん自分を表現していってください」とのメッセージが送られ、授業は幕を閉じました。
(A.T)
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